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秋の長雨で、しとしとと降り続く雨が鬱陶しい。 その合間の月を楽しむ宴会の席である。 とはいえ、実際名目は何でも良く、ただ騒げればそれでいいと言う隊士が大半だったが。 座がばらけ、そろそろ仕舞いと言う時分だが、沖田の姿は見えない。 それもそのはず、沖田は一昨日雨にあたったのがいけなかったのか、風邪を引き込み寝込んでいた。 いや、寝込むほどではなかったのだが、土方が大事をとらせて布団に押し込んできた。 沖田もそれほど酒が好きではないから、土方の言葉に甘えることにした。 隊士全員参加の宴席ではなかった所為もあろう。 ただし、ただ酒が飲めるとあって、参加できるものは殆んど参加していたが。 それに面白くないのは斎藤である。 こういう宴席の後には、いつも沖田と茶屋へと洒落込むのだが、肝心の沖田がいないでは話にならない。 土方はそれを見込んで、沖田を寝かしつけたのではないかと勘繰るほどで、それは土方の態度から、あながち間違ってはいなさそうだ。 「ったく、総司もお前の何処がいいんだか」 普段の席の並びなら、土方と斎藤の間には沖田がいるのだが、その肝心の沖田がいないので、二人が並んで座る破目になった。 おかげで斎藤は酒が回った土方のねちねちとした嫌味を、たっぷりと聞かされることになってしまった。 「総司となら、ちょっとは人の輪にも入れるかと思って、同室にしてやったら付け上がりやがって……」 土方にして見れば同室を解消させたいのだが、まだまだ手狭な屯所のこと、二人を引き剥がす上手い口実が見つけられずに、今に至るわけだ。 沖田が普段とぐろを巻くのが、斎藤との自室ではなく、土方のいる副長室であるのが、せめてもの慰みである。 しかし、土方に絡まれてる斎藤にしてみれば、別に同室だからと付け上がった覚えはない。 それどころか、何事にも己より土方を優先させる沖田の意識を、己に向かせようと必死である。 「こんな朴念仁な、無愛想な男の、いったい何処が……」 実の甥っ子や姪っ子よりも、遥かに可愛がってる沖田の相手が、斎藤だなどと土方は認めたくはないのだ。 また、斎藤のどんな手練手管に引っ掛かったのかと思うと、腹立たしくてしょうがない。 もっと色事のいろはを教えておくんだったと、悔やみたくなる。 「無口だし、可愛げがないし、むっつり助平だし」 無口で可愛げがないのは自覚があるが、助平と土方に言われる覚えはないと、斎藤は思う。 土方など斎藤が足元にも及ばないほど、女遊びを繰り返していたではないか。 沖田から試衛館時代から今も、幾度そんな話を聞かされたことか。 「しかも、趣味が骨董だぁ? なんて爺むさいんだよ」 沖田から聞いた俳句が趣味の土方も、斎藤にすれば同じようなものだと感じるのだが、土方は土方で斎藤の骨董趣味をそう思うらしい。。 口下手な斎藤のこと、迂闊なことを口走ろうものなら、倍以上の切り替えしがあるのは目に見えているので沈黙をしていると、土方はじろりと斎藤を睨んだ。 「それに、酒を飲んだら、人が斬りたくなるって? ったく、物騒にもほどがある」 沖田と二人だけで飲む時は、斎藤は自制しているからそんなことになりはしない。 なぜなら、そんなことをすれば、沖田との一夜が台無しになるからだ。 浪士に絡まれて撃退し、その興奮のまま、というのは幾度かあったのだが。 「それを総司が止めてるそうじゃねぇか。総司に迷惑掛けるまで飲むんじゃねぇよ、このうわばみが……」 けれど、他の人間がいれば、そういう訳にはいかぬから、逆に飲みすぎてしまうことが多々ある。 一種の自棄酒のようなものか。 そんな時には刀を抜きたくなるのだが、沖田に対して刀を抜いた覚えは斎藤にはない。 ただ、斎藤の剣を受け止め無傷で済むものが沖田しかいないから、必然的に沖田が止めることになるだけだった。 安心感もあろう。沖田なら受け止められると。 「もしも、それで総司になんかあってみろ。てめぇ、たたっ殺してやるからな」 その場に居合わせた原田あたりから、土方へと面白おかしく話が伝えられたのだろう。 ちらりと原田を見た斎藤だったが、向かいの席で永倉と喋っていて、到底助け舟にはなりそうになかった。 くだけた席で無礼講と言っても、やはり幹部とそうでない者との差は歴然とあって、部屋の上座に当たる方には幹部しかいない。 それに土方の不機嫌さは全身から滲み出ているから、誰も寄り付こうとしなかった。 「それに、剣術馬鹿ときたもんだ」 それを言ったら、沖田の方が斎藤を上回る剣術馬鹿だと思うのだが、土方はそれは気にならないらしい。 それどころかその沖田の様を、目を細めて眺めている始末だ。 沖田がどれ程隊士たちを扱いても、土方から小言が出たことは一度もない。 「隊士の鍛錬もいいがな。ちっとは手加減じろよ。肝心の時に使い物ならなくなったら、洒落にならねぇ」 斎藤よりも沖田の方が、よほど稽古に関しては荒っぽい。 天才肌の沖田は、剣術に関してはできないと言うことが、理解できないからだ。 沖田の水準が人より遥かに高いということを、沖田自身が知らないわけはあるまいにと思うのだが、なかなか加減が難しいようだった。 「そうだ。明日、近藤さんが出掛けるのに、数人率いて供についてもらうぜ」 思い出したように土方が言ったが、斎藤は明日非番だったはずだが、これでおじゃんである。 夜に当番が当たっていても、昼は暇な沖田と久し振りに外に出ようと思っていたのに。 斎藤はふう〜っと、悟られないように溜息をついた。 土方は斎藤と沖田をなるべく一緒にはしたくないようで、できる限り時間が合わぬように任務を組む。 明日の近藤護衛の任務も、それを知っての嫌がらせだろう。 何処へ行くのかしらないが、近藤の供など幹部である斎藤でなくとも、充分通用するのだから。 沖田との仲をことごとく邪魔する土方に反発は感じても、副長としての土方に逆らう気はないから斎藤は仕方なく、承知と頷いた。 それを満足そうに横目でやった土方だが、ふとこれも思い出したように呟いた。 「そうだ。お前、戦闘になっても、汚れて帰ってくるなよ」 土方の言葉に斎藤は眉を顰めた。 明日はそんな危険な場所に行くのだろうか。 ただ、例えそうだとしても、土方に注意されるような汚れたなりで、斎藤は帰ったことはない。 斎藤は綺麗好きなのだ。沖田に辟易とされるほどの。 だが、続けられた台詞に、斎藤は頬を歪めるしかなかった。 「毎回毎回、人を斬ったら返り血を浴びてきやがって。洗濯する小者の身にもなれよ」 返り血を浴びて帰ってくる者は、斎藤だけではない。 浪士との戦闘になれば、大半の者が多かれ少なかれ、浴びて帰ってくる。 斎藤などは、まだその汚れは可愛い方だ。 沖田までとはいかずとも、斎藤の剣の斬れ味も凄まじく、血が盛大に噴出すことは滅多にない。 「総司を見習ったらどうだ? あいつなんか綺麗なもんだ」 浴びずに済ますなんていう器用な者は、当の沖田ぐらいの者だった。 沖田の剣の凄さは、その速さと鋭さにある。 正しく電光石火と言うべきものだろう。 だから、刀に血がつくことも、脂が巻くこともなく、斬れ味が持続する。 その上敏捷だから、斬った相手から血が噴出す前に避けきれるし、また浴びぬように計算して斬る芸当もできるのだ。 隊士の中には、頭から血塗れになってしまうも者も少なからずいる。 にも拘らず、土方には小言の対象なのは斎藤のみのようだ。 これはもう、嫁をいびる姑と変わらないのではないだろうか。 それとも、娘を婿に取られる舅の感覚か。 取り立てて実害はないが、ねちねちと嫌味を言われるのは、斎藤にとっても嬉しいものではない。 だから、手酌でぐいぐいと酒を呷っている斎藤だった。 土方の酒量もいつもより多いだろうが、斎藤の比ではない。 それは、斎藤の周りにごろごろと転がっている徳利が証明している。 このまま酒を飲み続ければ、土方の言う刀を抜きたくなる状況になるのは、間違いがない。 酒に任せた振りをして、土方に斬りかかったら切腹だろうかと、斎藤は今はまだ冷静な頭の片隅で考えていた。 |
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本当はもっとちくりちくりと斎藤をいびる土方さんを書きたかったんですが、なんか単に酒飲んで絡んでるだけになっちゃいました。 |
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