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ぶらりぶらりと屯所へと帰る道すがら、先ほどまでのほろ酔い加減は芝居だったのかと、目を疑うほどに土方の足取りはしっかりとしている。 供には沖田一人。 島原で近藤や会津の侍たちと一緒にいたのだが、伊東との相席ならば頭痛がしてくるのは必至と、沖田に頃合を見計らって迎えに来るようにと言いつけてあったのだ。 他の者たちは、妓を敵娼に泊まることになるだろう。 「奴は、斎藤か永倉が欲しいそうだ」 「欲しいって? そう言ったんですか?」 奴、と土方が言うのは、伊東のことだろう。 近藤や好意的な会津の人たちを、土方がそんな言い方をする筈がないから。 だが欲しいなどと、そんな直接的な言葉を言ったら、隊中に隊を作るのを公言したことになってしまう。 伊東の口からそんな言葉が出るとは思ってもみない沖田は聞き返した。 「いや、そんな直接的な言葉じゃねぇ」 伊東の言葉を思い出しながら、 「けど、二人の剣技や、侍精神が素晴らしいだの。そんな二人が集った試衛館にあやかりたいだの。言ってやがったからな」 だから、土方はあながち間違った受け取り方でもないと、憮然と言った。 「ははぁ、それで二人が欲しいんだと……」 なるほど、それでは土方の穿った見方でもないと、沖田は相槌を打った。 しかし、近藤や会津藩の人間もいる前での言葉ともなれば、酒に酔ってはいたのだろうが大胆な発言に違いない。 「でも、その中に私の名がないなんて、残念だなぁ」 沖田は土方をからかうように言った。 新撰組随一は、己だという自負の下に。 「馬鹿。お前を、奴が手に入れられる訳がないだろうが」 土方もその自負を頼もしいことだと思いながら、沖田の頭を餓鬼の頃にしたように、くしゃくしゃと乱暴に撫でた。 「そうですか?」 「当ったり前だ。どうあっても、俺がお前を手放す筈がなかろうが」 上目遣いに見上げる沖田の頭を、そのままの手でぽんっと小突いてやった。 「ふふっ。嬉しいですねぇ」 土方の台詞に擽ったそうに、沖田は首を竦めた。 「で、どうするんです? あげるんですか、どっちかを」 土方の手から逃れた沖田は、乱れた髪を整えながら土方に聞いた。 「そんな簡単にやれる訳がねぇだろうが。どっちも大事な試衛館以来の人間だぞ」 「そりゃ、そうですけどね」 夜目が利く二人のこと、提灯も持たずに月明かりだけで、ぶらぶらと歩いていく。 島原の灯りも遠く後ろになってきて、片側にはすすきが生い茂り、辺りに人影は全くない。 「だが、もしもの場合。お前ならどっちを奴にやる?」 意地悪いと思いつつも、土方は聞いてみたくなった。 それに少しばかり考える素振りを見せて、 「斎藤だろうなぁ」 と、傍らのすすきを一本無造作に手折り、沖田は答えた。 「なんで、だ?」 「永倉さんは、生真面目すぎるからねぇ。融通も利かないし、曲がったことが大嫌いだし」 「斎藤も永倉と、どっこいだろうが……」 斎藤も、似たようなものだと土方は思う。 「まぁ、そうなんだけど。でも……」 「でも、なんだよ?」 言いよどむような沖田の口調に、土方は先を促す。 「斎藤も曲がったことが嫌いだけど。でも、斎藤はそれに目を瞑れるよ」 「だから、なんでだよ?」 「やだなぁ、土方さん。そんなことを聞くなんて。野暮ですよぉ」 けらけらと笑いながら、 「あいつは、俺だけは裏切らないでしょ。何があってもさ」 沖田は手にしたすすきを、近くのすすきに一見無造作に振り当てた。 だが、ひゅんっと鋭い音がして、当てられたすすきは見事に切断され、弧を描いて沖田の手の中に納まった。 その鋭さに土方の背筋に震えが走った。 そして、 「だから、まぁ使い方次第ってことで……」 と、宣われては、土方にも返す言葉が出てこない。 沖田の言わんとすることは、伊東への探りに使うなら、斎藤を使えということだろう。 情を交わした相手に対するには、冷たい仕打ちではないかと、土方ですら思う。 なぜなら、虎口の中に入るような危険なことなのだから。 「酷い奴だな、お前」 呆れた口調で土方は言ったが、 「そう? それだけ信用してるってことで、勘弁してよ」 沖田はくるりと土方に振り向き、無邪気そうに笑った。 その拍子に沖田の手にしていたすすきから穂が辺りに飛び散り、月の光を受けてきらきらと舞った。 |
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う〜〜ん、沖田が黒い。真っ黒けですねぇ。 斎藤が哀れになってきたかも?(←今更かよ! って声が聞こえそうですが……) |
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