鬼の寄り道



節分の狂言を見た後、二人は真っ直ぐに西本願寺には帰らずに、脇道にそれた。
これが斎藤が伊東らと共に新撰組を出て行くまでの二人で過ごす最後の夜だと、互いに承知しているからの行動だろう。
手馴れたように茶屋の離れに上がり、酒と簡単な肴を頼んで、一杯引っ掛けた。
喉越しを通っていく酒は、冷たく臓腑に染み渡るようだ。
ほんの少し明り取りの障子を開けて、風を呼び込む。
狂言のガンデンデンという囃子が、耳について風に乗って遠くから聞こえてくるようだ。
寡黙な斎藤はもちろんだが、いつもは饒舌な沖田もこの場に限っては静かで、闇に溶け込むような佇まいを見せていた。
余韻に浸っていたような沖田だったが、
「今年で、四年目か。流石にこんなに長く京にいるとは、思わなかったよな」
感慨深げに言い出した。
公方様の護衛と言う名目で上京しながら、清河の裏切りに合い、浪士組と袂を別ち京に残留して四年。
倒幕派との闘争や、隊内での粛清に明け暮れた日々だったと思う。
江戸に戻るか、していれば、ここまで殺伐としたことにはなっていなかっただろう。
沖田の感慨もさもありなん、と言ったところだ。
「後悔してるのか?」
後ろを振り向くなど、この太陽のような沖田には似つかわしくなく、斎藤が聞くと、
「後悔? まさか!」
沖田は一笑に付した。
「確かに、江戸にそのままいるか、戻っていれば人を斬るようなことには、ならなかったかも知れん」
沖田の言うことは単なる推測にすぎなかった。
浪士組に参加せず江戸にいても、殺伐とした風に吹かれて、平穏ではなかっただろう。
無為に過ごすことには耐えられなかったのだから。
また、江戸に戻っても沖田の義兄の林太郎のように、浪士組から新徴組に組み替えられた中に取り込まれてしまって、人の風下に立つしかなかった筈だ。
「けど、こんな充実した時間は送れなかったさ」
それに比べれば、人数的には少なくとも、人の上に立つ心地よさは計り知れぬものがある。
「実際は星の瞬きほどの時間だろうが、俺にとっては千年にも値する」
近藤を頭に据え、土方が支え、それを沖田が補佐する今の環境は、沖田にすれば最高の舞台だった。
子供の頃から近藤の役に立つことを切望していた沖田には。
「お前もそうだろう?」
沖田に問われて、斎藤は、
「ああ」
と、頷いた。
近藤たちが新撰組を作らなければ、斎藤は寂れ果てたような道場で、無為に日々を過ごしていたことだろう。
下手をすればその腕を買われて、勤皇派に組して使い捨てられていたかもしれない。
「第一、俺が京に来なかったら、お前とは再会してないんだぜ?」
沖田の言うとおり、沖田と再びまみえることなく、鬱々とただ流されていっただけと思う。
いや、沖田らが京へ上ったことを知らなかったら、敵対していたかもしれないのだ。
それを考えると、ぞっとする。
この巡り合えた僥倖に、信じてもいない神仏に感謝すらしたくなる。
たとえ、これから行うことで裏切り者との烙印を押されようとも。
沖田が傍らにいたからこそ、彩りも華も、そして音もある、輝きに満ちた世界になったのだろうから。
「それだけでも、感謝して欲しいよなぁ」
しんみりとしていた最前の雰囲気も何処へやら、沖田は軽やかに笑って。
その沖田の笑顔を見た斎藤は、沖田の手を引っ張って己の懐深く抱きこんだ。
沖田も嫌がることなく、大人しく納まって斎藤を見上げる。
隣の部屋には布団が一組敷かれてあるが、とてもそこまで辿り着けそうにない。
覆い被さって存分に唇を貪った斎藤の耳に、
「相変わらず、せっかちだなぁ」
と、笑いを含んだ沖田の声が響く。
「お前が悪い」
体の輪郭を確かめるように這う斎藤の手に、沖田はさらに笑いながら反論を試みた。
「俺の所為かぁ?」
沖田が故に斎藤は余裕が持てずせっかちになるのだから、斎藤に言わせれば充分沖田の所為と言う事になるのだ。
笑いを湛えた饒舌な口を塞ぐ斎藤の背に腕を回し、沖田は斎藤を受け入れる。
袴の紐を解き脱がせ、着物の裾を乱して、じかに触れる。
日に焼けた上半身と違って、垣間見える脚は白く斎藤の目を射る。
多少白くとも健康的な肌のはずなのに、斎藤を悩ませるのだ。
段々と斎藤の手は大胆に動き出し、脚を下から上へと這い上がっていく。
その合間に、沖田の口を塞いでいた斎藤の口はそこから離れて、首筋から肩へ、胸元へと移っていた。
斎藤に圧し掛かられて、畳の上にじかに横たわっている沖田は背中が痛いと零すが、沖田に溺れだしている斎藤にはそれに払う余裕はない。
「我慢しろ」
と一言、言い置いて、斎藤は荒々しく、時には優しく愛撫していく。
沖田も言葉遊びのようなものだから、それ以上はとやかくは言わずに身を任せて。
後はただ、衣擦れの音がするのみ。




「鬼祓い」の続きです。



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