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「おや、お出掛けですか?」 屯所の框で沖田と出会った島田は、後の災難も知らずに気軽に声を掛けた。 口は災いの元、とは良く言ったものである。 「ええ。斎藤と、出掛けてきます」 沖田がそう言って指差した先の門の脇に居たのは斎藤だが、その横を通ってきたにも拘らず、気付かずに通り過ぎた島田は目を瞠った。 いくら斎藤が気配を消していたとはいえ、剣を生業にする新撰組隊士としては失格ではないかと、島田は落ち込んでしまった。 「はぁ、仲が良いですねぇ」 それを払拭するかのように何気なく呟いた言葉だが、それに何かを感じ取ったのか、沖田は下駄を履く足を止めじっと考え込んでしまった。 「あ、の……。なにか?」 ついぽろりと出た言葉だったが、拙いことでも言っただろうかと、島田が問い掛けると、 「いえ、ね。島田さんが知ってるなら、心強いなぁと思って」 「は? いや、あの……」 知ってるって、いったい島田が何を知ってると沖田は思ったのかと、島田はとても恐ろしくて聞けたものではない。 もごもごと口ごもるのが精一杯だ。 それに、にこにこと沖田は笑いながら、沖田はぽんっと島田の肩を叩いて出て行ってしまった。 二人連れ立って出て行く背を見送りながら、なぜか自分の先行きに不安になった島田だった。 見て見ぬ振りをすればよかったのに、数日後の酒宴で島田はまた沖田に声を掛けてしまった。 「厠ですか?」 「いやぁ、美味しい料理もたらふく食ったし、ちょっとふけようと思って……」 陽気に笑う沖田に、 「はぁ……」 島田は曖昧な返事をして、珍しいこともあるものだと思った。 沖田は酒はあまり呑まぬが、こういう酒席では場の和ませ役として、いつも最後まで残っているのが常だったからである。 それに、散会間近ならともかく、無礼講になりつつあっても、まだまだ宴はたけなわであった。 なんとなく納得できないものがあって、首を捻っていた島田だったが、ふと視線を感じて振り返ると、そこには斎藤が闇に沈んで立っていた。 それで、ようやく沖田がふける訳が理解できた島田だったが、これがばれれば土方の雷が落ちるのではと気が揉めた。 それほど土方が二人の関係が気に入らぬことは、監察として土方の元をよく訪れる機会のある島田にはわかりはじめている。 「土方さんには、黙って出てきちゃったんで、斎藤と先に帰るって言っといてください」 そんな自分の身に危険が及ぶようなこと、とても言えぬと首をぶるぶると振った島田だったが、沖田は気に留めることもなく斎藤と帰ってしまった。 「ちょっ、ちょっと。沖田さ〜ん」 後には島田の哀愁を誘う叫びだけが木霊した。 あの後島田は大変だったのだ。 沖田と入れ替わりのように部屋に戻ってきたのを土方に見咎められ、接待していた会津の偉いさんが席を外した隙に呼ばれて、沖田の居所を聞かれた島田だった。 「島田君。沖田が見当たらないようだが、どうかしたのかね」 「はぁ、あの……。先に帰ります、と……」 どう取り繕うかと、島田は思案を巡らしたが、いい案もなく沖田に言われた言葉をとりあえず言った。 もちろん、斎藤と一緒だとは言わない。 「具合でも悪くなったのか?」 季節の変わり目には体調を崩しやすい沖田のことだ。 気分でも悪くなっているのかと、心配げな様子であった。 「いえ……、そのう……」 歯切れが悪い島田の対応に、土方は目を細め探るように島田を見て、さらに何かを探すように室内を見回した。 「斎藤君も、居ないようだな」 名前を強調したように言われて、島田の巨躯が揺れた。 冷や汗が流れつつもどうにか誤魔化そうとしたのだが、鋭い土方に通用するはずもなく、根が正直者の島田では誤魔化しきれなかった。 「一緒、かね?」 一言をわざと区切るように土方は言う。 「は、あ……。はい……」 首を亀のように縮こませている島田の目に、土方が盃を持ったままの手が映った。 白い手が盃を持ったまま、ぴくりとも動かないが、それに力が加わっているのが目に見えて分かる。 その中になみなみと入っている酒を、土方は一気にあおり、島田に酒を注ぐように盃を差し出した。 島田は慌てて注いだが、土方は立て続けにあおった。 「島田君は――」 黙って酒と注ぎ続ける島田だったが、そういったきり黙ってしまった土方に、二人の事を知ってるのがばれたと感じた。 しかし、土方はいくらあおっても酔えぬようで、その顔色は冴え冴えといつもよりもよほど白い。 土方が酒に強くないのを知っている島田は、差し出され続ける盃に逆らうことなく酒を注ぎつつ、はらはらと気を揉んだ。 土方からゆらゆらと立ち昇るような冷気は、島田を冷え冷えと氷の座敷いるような錯覚にさせた。 それにしても、島田に二人のことを教えた永倉は、ひとつ向こうの席で我関せずで横を向いてるし、何故自分ばかりが巻き込まれるのだろうかと、どうにも納得のいかない島田だった。 |
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