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「入りますよ〜」 と、返事を待たずに障子を開けたのは沖田。 声を掛ける殊勝さはあれど、返事を待つ殊勝さはないらしい。 「おや〜。島田さんを連れ込んで何をしてるんです?」 部屋の中を見るなり、呑気そうに呟いた。 「馬鹿野郎。お前の目ん玉、どこについてやがる。この書類の量が見えねぇのか」 紙に埋もれるがごとくの土方の悪態にも、 「やだなぁ。見えてますよぉ。それにしてもすごい量ですねぇ」 のほほんと、人事だと思っている沖田の声は明るい。 「で、なんのようだ?」 「ああ、非番だし、出掛けてきますよ、って挨拶」 沖田はなぜか時々律儀にこうして土方に出掛けることを言いに来る。 「お前、非番なら手伝ってやろうって気になんねぇのかよ」 「え〜。いつもお前のは誤字脱字が酷くて、使い物にならんていうじゃないですか」 「それでも、そういう気を持てと言うことだろ」 「あはは、そりゃ駄目ですよ。だって斎藤と出掛けるんですもん。帰ってきて残っていたら手伝ったげます」 「――――」 途端に土方の機嫌が悪くなったのが、島田にも分かる。 (沖田さん! 余計なことを言わないで!) 言葉にならない島田の声だ。 斎藤との仲を認めたくない土方は、そういうことを知れば機嫌が悪くなってしまうのだ。 「斎藤の夜番には間に合うように帰ってきますから。じゃあ、行ってきま〜す。土方さん頑張ってね! 島田さんもお守りよろしく〜〜」 沖田は手をひらひらと振りながら、部屋の外で待っていた斎藤と連れ立って出て行った。 沖田の後ろで部屋を見た斎藤が、勝ち誇ったような笑みを浮かべていたのに気付いた土方は、むかっ腹を立てた。 (斎藤さんまでっ。煽んないでくださいよっ) そのまま、仕事を続けていたが、土方はどうにもむかつきが収まらず、ふて寝を決め込むことにした。 「島田、気分が悪くなった。お前が変わりに全部やっといてくれ」 どさっと、書類を目の前に積まれた島田は、 (ええっ〜〜) と、声にならない悲鳴を上げた。 (沖田さん〜〜。どうしてくれるんですか〜〜〜。二人でやっても大変なのに〜〜) 沖田は島田にとって、どうやら疫病神のようだった。 日も暮れ、そろそろ明かりを灯さなければならなくなった頃、沖田が戻ってきた。 部屋の中には島田が一人きり。 「あれ? 土方さんは?」 「奥で寝ておられます。気分が悪くなったとかで……」 (沖田さんの所為で〜〜〜) と、げっそりと半日でやつれた風情の島田が、恨めしげな目線を投げるが、沖田は我関せずで。 「それで、島田さん一人にさせてるわけ? 土方さんもしょうがないなぁ」 呆れた物言いの沖田に、 (しょうがないのは、沖田さんですっ。沖田さんが余計なことを言うから!) 島田は内心突っ込みを入れた。 沖田は声も掛けずに襖を開けて奥の間に入って行った。 新撰組広しと言えども、そんなことが出来るのは沖田ぐらいのものだ。 島田でさえ、こちら側から声を掛けるのが精一杯だ。 体ひとつ分開けられた薄暗い奥から、ぼそぼそと内容は分からぬが、何か喋ってる声がする。 どうなるのかと島田が固唾を呑んでいると、先に沖田が入ってきたところから、斎藤が姿を現した。 沖田と同じに帰ってきたはずだが、遅れて姿を見せたのは、上番するために衣服を着替えてきたからのようだ。 島田を見てから、部屋に沖田が居ないのを確かめて、奥を見遣って眉を顰めた。 だが、上番の挨拶をするために、致し方なく斎藤は定位置に座った。 ほどなくして、沖田と一緒に、上機嫌の土方が出てきた。 今までふて寝していた人間とは思えない機嫌の良さだ。 (いったい、沖田さんはどんな手妻を使ったんだ?) 島田の疑問は横において、 「三番隊、上番します」 「ああ、ご苦労。気をつけて行ってくれ。今日は特に注意点はない」 「では」 型どおりの上番の挨拶が交わされた。 機嫌のよさを隠した取り澄ました土方と、無表情を絵にしたような斎藤。 いつもの光景だが、沖田が傍に居る分、島田は一触即発な気がして、生きた心地がしなかった。 (何事も、起こりませんように……) ここは島田の願いが叶って、無事に何事もなく斎藤は巡察に出掛けることになった。 「気をつけて、いってらっしゃ〜い」 にこやかに沖田に送り出されて、無表情ながらも機嫌よく出掛けようとした斎藤に、昼とは逆に土方が見せた勝ち誇ったような笑みが、とっても怖かった。 (う〜〜ん。さっき向こうで、沖田さんが何か言ったんだろうなぁ) そして、たぶん巡察に同行の隊士たちは、斎藤にびびっているだろうと可哀想になった。 「もう夕餉の時間ですよ。島田さんも、仕事を一区切りして、食べにいきましょうよ」 沖田は島田と土方の背を押して、 「総司っ」 土方の抗議もなんのその。 「お腹、ぺこぺこでしょ? 早く行きましょ」 ばたばたと慌しく部屋の外へと押し出した。 |
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