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大坂新地の住吉楼の二階。 斜め前の部屋からは芹沢の濁声が聞こえてくる。 酒が充分に入り、上機嫌のようだ。 そんな声を聞きながら、斎藤はぽつりと呟いた。 「俺が腹など痛くなったから……」 「はぁ? 何だ、それ?」 弱弱しい声よりも、その内容を沖田は聞き咎めた。 「いや、俺があそこで腹が痛くならなければ、芹沢が力士と衝突することもなかっただろ?」 「―――。ばっかじゃないの? お前」 呆れてものも言えないとはこのことか。 「馬鹿って……」 抗議する斎藤の声は、本当に力ない声だった。 「だって、そうだろ。そんな『風が吹けば桶屋が儲かる』みたいなことを言うなよ。そんなことを言ったらきりがないだろ」 斎藤の腹痛がなければ、あの力士との衝突はなかったかもしれないが、もっと別の出来事が起こっていたかもしれないのだ。 「それだったら、そもそも俺たちが川遊びに出掛けなければよかったんだ。んで、大坂に来なければよかった。京に残らなければよかった。挙句の果ては、浪士組参加しなければよかった、ってことになるだろうが」 「いや、そこまでは……」 いくら斎藤でも、そこまで思ったわけではない。 ただ、あそこで腹痛になりさえしなければよかったのに、と思っただけだ。 「だったら、変な罪悪感なんか持つなよ、馬鹿馬鹿しい。起こっちまった事はしょうがないだろ。その中で如何に最善を尽くすか、だろうが」 一度目の力士を芹沢が斬り捨てたのは、思い掛けなかった所為もあって止められなかったが、二度目に出会った力士は咄嗟に組み伏せ、被害を免れさせることが出来たのだから、上出来とすべきだろう。 「――――。わかった。確かにその通りだ」 「分かったら、さっさと直せ。ついててやるから」 沖田は斎藤の腹に手を当てて、その隣に横になった。 「沖田?」 「こうやってな、人に手を当ててもらうと良く直るんだ」 ごろりと寝転んだ途端、沖田は欠伸をして目を閉じた。 「俺が子供の頃なんか、土方さんにしょっちゅうこうして貰ったもんだ」 沖田の暖かい手が、斎藤の腹を優しく撫で摩ったり、時折りほんの少し強く押したりする。 が、気持ちはいいが、沖田の言葉にどこか不満な斎藤だった。 子供の頃の沖田という者を知らない者の僻みだろうか。 目の閉じられた顔に、子供の頃を見出そうとしていた斎藤だったが、 「おい?」 斎藤が気づいて声を掛けた時には、沖田はもうすやすやと寝息を立てて眠り込んでいた。 あまりの寝つきのよさに斎藤は呆れて、腹の痛みも忘れてしまった。 だが、腹にある沖田の心地よい手の温もりに、段々と斎藤も眠くなってきた。 沖田が夏風邪をひかぬように、自分の上掛けの半分を掛けてやり、斎藤も眠りに落ちた。 この後の騒動も知らずに。 |
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力士乱闘事件に関する話の第一弾(というほど大層でもないけど)です。 第三弾まで続く予定。けっこう全体に甘めかな? |
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