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斎藤が帰営し、副長室の障子を開けようとしたところ、先に中から開けられた。 ちょうど出くわしたのは、沖田である。 沖田は副長室に入り浸って居るから、なんら可笑しなことではないが、いつもなら斎藤が帰ってくるまでここにいるから、斎藤は出て行こうとしていた沖田を不思議に思った。 「あ、斎藤お帰り。ちょっと出てくる」 沖田はにこやかに言いつつ、斎藤の疑問に答えることなく、ぱたぱたと出て行った。 その軽やかな背を、廊下に突っ立ち見送っていた斎藤だったが、 「おい、さっさと入れ」 土方の不機嫌そうな声に我に返り、部屋へと入って障子を閉めた。 それでも出て行った沖田が気になるのか、沖田の去った方角に視線を留めたままいっかな報告をしない斎藤に、土方は痺れを切らし、 「総司には、書簡を届けてもらう使いを頼んだ」 と、理由を説明して、斎藤の気持ちを引き戻し、巡察の報告を求めた。 「今日は特に何も……」 「ふん。奴らも馬鹿じゃないって事だな。そろそろ巡察の方法でも変えるか」 今の巡察方法は、ダンダラの羽織を着て隊列を組み、その過程でそれらしいと目星をつけた場所には、時折り踏み込んで浪士を捕縛するものだ。 だが、この方法では道を歩いているだけで新撰組とすぐに知れるし、威圧にはなっているようだが逃げられる公算が強いのだ。 「――――」 土方が考えを巡らす中、斎藤は土方の文机に活けられている梅に目を留めた。 土方の文机には、こうして時々季節の花が、無造作に活けられている時がある。 一輪挿しにたった一本だけ、突っ込まれている花。 今日、斎藤の目に留まったのは、先ほど出て行く沖田から、微かに香ってきたからか。 しかし、沖田に香りがつくほど、花が咲いているわけではない。 蕾はたくさんついていても、咲いている花は数輪程度だったから、斎藤が訝しく思っていると、斎藤の視線に気付いた土方が、 「綺麗だろ。総司が持ってきてくれたんだ。わざわざ、な」 と、「わざわざ」の言葉を強調して、自慢げに言った。 対して、斎藤はむっとしてしまう。 斎藤には沖田から花を貰った記憶などない。 表情こそ変えなかった筈だが、土方には斎藤の心情が判ったのだろう、更に言い募る。 「俺があんまり外に出られねぇもんだから、総司の奴はこうやって時々持ってきてくれる。優しいよなぁ」 愛しげに梅の枝を摩りながら、艶やかに笑う。 「そういや、俺の身の回りの品には、総司から貰った奴が多いよなぁ」 ちらりと斎藤を見遣って、土方は筆を手に取った。 「この筆も、前のが傷んだと言ったら、総司の奴が代わりにって、北野で買って来てくれた物だし」 特に高価な代物ではないが、土方の好みにぴったりと合う品物だった。 他の奴では、こうも土方の趣味を捉えられない。 それほど、沖田は土方に通じていると言っても良かった。 だたしそれ故に、沖田のからかいの対象にもなり得てはいたが。 しかし、それすら土方が許容してしまう相手なのだ、沖田は。 刀掛けに掛けられた、刀の一本に目を移した土方の目は嬉しそうだ。 「そうそう。あの下げ緒なんか、総司がちっちゃい頃に、一番初めに貰ったものだぜ」 自慢げに――というより明らかに自慢だろう――土方は斎藤を見下す感じで哂った。 如何に鈍い斎藤とて、沖田はお前に対するのとは違って俺には格段に優しい、と土方の言葉の節々から感じ取れる物言いにかちんとくるが、反論しようにもそれは現実だし、口の上手い土方にどうやっても言いくるめられることは判っていたので、ただただ沈黙を守った。 「――――」 先に言ったように、斎藤は沖田から花の一輪は愚か、物を貰ったことなどただの一度もないのだ。 それが土方と自分との差かと思えば、腹立たしいことこの上ない。 むかつくなら早々に席を立ってしまえばいいのに、たとえ嫌な話でも相手が話している最中に席を立つことの出来ぬ斎藤だった。 その為、土方の自慢話は、沖田が戻ってくるまで延々と続けられた。 |
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「絡み酒」の別バージョンと言ったところでしょうか。 |
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