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巡察の後は斬りあいがなければ、副長である土方の下へすぐに報告に行くことが慣わしであった。 今日の斎藤もそんな理由から、土方の下へと向かったのだが、唯一ついつもと違うところがあった。 斎藤が部屋へ入ると、土方はすぐにそれに目敏く――ある意味当たり前だが――気づき問いかけた。 「おい。なんだ、それは?」 それは斎藤の持っている品であった。 斎藤は大小を腰に差した上で、更に二本の大刀を持っていたからである。 「沖田と俺の刀だ」 丁寧に畳の上に置く斎藤に、 「総司と、お前の?」 怪訝そうに、土方は聞き返した。 「俺のは先日の戦闘で、鍔を斬られたついでに研ぎに出した。沖田のは新しく求めた刀で、拵えを頼んであった」 よく見れば確かに斎藤の物は、拵えは同じでも鍔だけが以前と違うし、沖田の物は見たことのない刀だ。 確かにあの事件の後、斎藤が鍔を断ち斬られたと、沖田が面白そうに言っていたのを思い出した。 だが、沖田が刀を買ったとは、土方は本人からも勘定方からも聞いていない。 ということは、金を借りずとも済むほどの値、と言うことになるだろうか。 「巡察の途中で、預けていた刀屋の前を通ったら、無理矢理渡された」 ぼそりと、不機嫌そうに言い捨てた斎藤の風情からすると、わざわざ刀屋に立ち寄ったわけではなさそうだ。 となれば、寄り道をしたな、と叱責するわけにもいかぬようだ。 そんな二人の会話が耳にやっと届いたのか、ごろりと寝転がっていた沖田が、ようやく気づいたように起き上がった。 「あれ? 斎藤、帰ってたのか」 目をごしごしと擦る仕草が幼い。 まるっきり子供の頃と同じで、土方は今までの何処となく不機嫌そうな顔も忘れて微笑んでしまった。 それは、斎藤も同様なのだが、 「ああ。つい先ほどな」 言いながら、沖田の刀を差し出すと、 「おっ。出来てきたのか」 沖田は慌ててにじり寄る。 まるで玩具を目の前にした子供のようだ。 沖田にしてみれば、玩具以上の代物には違いなかろうが。 「刀屋の前を通ったら、無理矢理押し付けられた。お前が心待ちにしてるだろうからと……」 刀屋は以前浪士を名乗る無頼の輩に刀を献上しろと絡まれていたところを、非番でたまたま通りかかった沖田に助けてもらったとかで、沖田に対しては非常に愛想がいいのだ。 斎藤の方が客としては上客な筈だが、完全なおまけ扱いである。 「そうか。それは、有難いな」 沖田は嬉しそうに、刀を引き寄せた。 「珍しいな。お前が刀をそんなに気に入るなんて……」 思わず出たような土方の呟きであった。 弘法筆を選ばずというが、沖田もその類である。 いや、本当は誰よりも煩いのだが、どんな刀でも人並み以上の力を引き出すため、人目にはそう見えなかったりする。 「ああ、そうですねぇ。そう言えば珍しいかな? 自分では気づかなかったけど」 沖田の気に入り方は刀の銘とかではなく、手の馴染みよう唯一つである。 「刀屋がね。掘り出し物がある、って言って奥から出してきてくれたんですよ」 「ほう。わざわざ、か?」 感心したように言う土方は、沖田が特別扱いを受けていると知って気分がいい。 「ええ。京に来てからずっと馴染みの店だったから、俺の好みも分かってくれてるみたいですね」 沖田のその感覚一つなので、沖田の気に入る刀を他人が見つけ出すのは至難の業だが、そこは刀の玄人。 「それで、見せてもらったら、一目で気に入っちゃって。ちょっと高かったけど、買えない値段じゃないし」 どんぴしゃ、見つけたようだ。 「いくらだ?」 値段によっては、隊から金を出してやってもいいとは、土方の胸の内の台詞だ。 「十五両でした」 拵え込みの値段だから安いですよね、と沖田はあくまで屈託がない。 「金は、足りたのか?」 一番心配な部分を、土方は聞いた。 沖田が借りる相手なら、井上ぐらいしか思いつかないが、誰かから金を借りたのではないかとの心配だ。 「大丈夫ですよ。俺は妓遊びはしないし、金をかけるって言えば、菓子にぐらいですからね。これを買うぐらいの給金は残ってます」 「そうか。それならば、いいが……」 変な金策などしていないと分かり安心した土方だったが、となれば、沖田はしばらく金に余裕がなくなるから、満足に好きな菓子も買えなくなるだろうと思い。 ならば、しばらくは金の足し代わりに、土方の部屋に遊びに来るときには、菓子を必ず用意させておこうと思った。 土方がそう思いつつ沖田を見れば、沖田は嬉しそうに刀を手にしている。 「どんな刀なんだ? 見せてくれよ」 興味が湧いて、沖田に声をかければ、沖田は二つ返事で。 「ええ。いいですよ」 刀を運んできた斎藤を放って、土方と沖田で話は進んでいく。 沖田が手にした刀の鞘は黒漆で、見た目は質素で実用性に富む頑丈なものだ。 鞘に装飾などを施し、きらびやかに象嵌などをする場合もあるが、沖田にとって刀は装飾品ではないので、そんな見た目の派手さは要らない。 手に馴染み、己と刀とが一体と化せばそれでいいのだ。 そんな実用一旦張りの刀だから、手入れをするわけでもない今も、抜き放つのに懐紙を口に挟むということなどしない。 そのまま、きらりと沖田が刀を抜き放つと、磨き上げられた刃紋が煌めき、その輝きに斎藤は目を細めた。 同じ刀でも沖田が持つと、よりいっそう美しく見えるから不思議だ。 吸い込まれそうな美しさで、沖田と剣の研ぎ澄まされた気が、あたり一面に厳かに漂うかのようだ。 一度、沖田は自分で刀を、鍔元から刃先へと視線を移してから、土方に手渡した。 沖田から受け取った土方も、同じように視線を流し、刃を返してじっくりと眺めやった。 「いい、刀、だな」 惚れ惚れしたように土方は一言一言区切るように呟き、沖田に刀を返した。 「ええ、そうでしょう。手にも馴染むし、欲しくなっちゃって」 刀を褒められた沖田は、子供のように嬉しそうだ。 「お前が欲しい刀なら、もっと高いものでも良いんだぞ?」 平隊士が使う刀は、新撰組で一括して買っている。 幹部の刀はそれらより値が張ることも、好みが煩いこともあってなかなかそうはいかないが、沖田の刀ならばそれぐらいの融通はつけてやろうと思う。 土方にすれば新撰組の要であり顔である沖田には、最高の剣を使ってもらいたいと常々思っていたのだ。 貧乏道場であった試衛館暮らしが長かった沖田には、そういう発想は無理かもしれないが、望むのならば叶えてやりたいのだ。 ま、この辺の土方の沖田に対する発想が、斎藤には煙たく思えるほどの溺愛ぶりに感じるのだが。 今も土方のそんな雰囲気を、察したくもないのに察してしまい、げんなりとする斎藤だった。 「そんな、いいですよ。俺にはこれぐらいが性にあってますよ」 土方の心内もあまり頓着せずに、沖田はそんなことを言っているが、斎藤の目利きでは沖田が手に入れた刀は、最低でも五十両の値打ちがあると踏んでいる。 が、高ければ沖田は買わないだろうし、これ以上安すぎれば不自然だから、なにより沖田を商売っ気なしで気に入っている刀屋が、編み出した苦肉の策だと思っている。 沖田が気に入るだろう刀を、頼まれてもいないのに進んで探し出したのが何よりの証拠だろう。 「あ、そういや、お前のも出来上がってきたのか」 今やっと気づいたと言わんばかりの沖田に、さすがの斎藤も苦笑いだ。 自分の刀しか目に入っていなかったらしい。 「ああ。お前の刀のついでに渡された」 斎藤はほんの少しだけ沖田に自分の刀を差し出した。 「ふーん。でも、こうして見ても、やっぱりおんなじ鍔には見えないようなぁ」 沖田は手にした斎藤と自分の刀をしげしげと見比べて呟いたが、それを聞きとがめたのは土方だ。 「おなじ鍔?」 「うん、そう。ほら、どっちも竹に雀でしょ」 沖田が土方に見せた鍔は、確かにどちらも竹と雀をあしらった意匠だった。 ただ竹と雀の取り扱い方がまったく違うので、言われなければわからないほどだ。 「ちょうど刀を買ってすぐ位だったかな。斎藤と出掛けた先で、偶然これを見つけたんですよ」 思い出してるような仕草で語る沖田に、土方の眉がぴくりと動く。 非番の日の二人歩きの最中に、いい印象はないからだ。 「こっちのは、ほんわ〜〜として、なんだか和むでしょ? それで、気に入っちゃってね」 表情の動いた土方に気づかない筈のない沖田は、気にした風もなく話の先を続けた。 「で、その帰りですよ。斎藤の鍔を斬られる件に、巻き込まれちゃったの」 沖田の言う日が、いつのことか分かった土方は、更に眉を顰めた。 いつもは出掛けても夕餉の時刻には戻るのだが、あの日は夕刻をはるかに過ぎても戻らない沖田を心配していた土方だったが、帰ってきた沖田に事のあらましを聞き、検分に監察を動かせば現場はすでに血が乾ききっていたとの報告で。 斬りあった直後に帰ってこない不自然さに思いを巡らして、その間に沖田と斎藤の二人に何があったかを、鋭い勘で察してしまい不機嫌になったことまで、まざまざと思い出してしまった土方だった。 土方の変化には誰よりも真っ先に、本当に些細なことにも気づく沖田が、今の土方に気づかない訳がないのだが、全く気にかけることなく、 「その鍔、お気に入りだったらしくてね。可哀想だから、揃いの一つをやったんですよ」 くすくすと楽しそうに笑う沖田に対して、 「ほう……」 相槌を打つ土方の声が殊の外低い。 斎藤が沖田から物を貰ったことが気に入らないらしい。 いや、一揃えのものを斎藤が分け与えられたことが、気に入らないのか。 じろりと斎藤を一睨みして、二人の刀を沖田に返した。 そんな土方に、なんとなくいつもの意趣返しができたようで、妙にすっきりと気分のよくなった斎藤であった。 |
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なんだか書いてるうちに、刀屋さんが『新選組血○録』の菊一文字を差し出した刀屋さんみたいになっちゃったけど、ご愛嬌ってことでお許しを〜〜。 |
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