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「おっ! いたいた」 明るい声がして、ひょっこり顔を覗かせたのは、斎藤と同室の沖田だ。 斎藤にとっては沖田が現れると、どんよりとした曇り空も、明るくなった気がするから不思議である。 「――――」 非番だからと自室で刀の手入れをしていた斎藤が無言で見上げれば、沖田が何か小さな箱を小脇に抱えて立っていた。 「斎藤、そんなことしてないで、ちょっと付き合えよ」 沖田はさっさと自分の用件のみを言い捨てると、斎藤の反応も確かめずに身を翻してしまった。 斎藤が一声掛ける暇さえも与えない。 斎藤がついてくると、疑いもしない沖田の行動に、斎藤はあっけに取られたが、そのらしさに、胸のうちで苦笑った。 確かに、斎藤には沖田の誘いを断わることなど、どんなときでもあり得ないから。 だから、この時も大事な刀の手入れも途中のまま放り出して、斎藤は傍目にはそう見えなくとも、いそいそと沖田の後を追いかけた。 すぐに追いついた沖田の後姿を見る限り、うきうきとすごく楽しそうだ。 そう。まるで悪戯を仕掛ける子供のように。 沖田に並んだ斎藤が、沖田の持っている箱をちらりと横目で伺えば、どうやらそれは豆の入った枡のようだった。 豆と枡という取り合わせに、行事に疎い斎藤も今日が節分だということに思い至ったのだが、沖田の歩む方向に首を傾げた。 それもそのはず、沖田の進む先は自分たちの部屋より更に奥、つまり局長や副長のいる方向で、玄関は反対方向なのである。 豆まきといえば、まずは玄関口でするものと思ってた斎藤は疑問を感じつつも、上機嫌な沖田に口出しもできず、そのまま並んで黙って付いていった。 その向かった先は、奥に向かうならばと、斎藤の思ったとおりというか、案の定というか、土方の部屋で。 それが判った途端、斎藤は思いっきり沖田に見えないところで、眉を顰めた。 なにしろ、沖田と斎藤の仲を承知している土方は、斎藤にとって鬼門に他ならない相手だからである。 そんな斎藤に気づくことなく――いや、気づいていても気にしないだろうが、沖田は静けさ漂う土方の部屋に乱入した。 寒さのため締め切っていた障子を、すぱんっと勢いよく開け放ち、何事かと土方が振り返って文句を言う前に、 「鬼はー、そとーー」 その勢いのまま沖田は豆を盛大に土方に投げつけた。 「いてっ!」 土方がそういうのも無理はない。 豆とはいえ、あの勢いで大量にぶつけられれば、痛くないはずはない。 「そうじっ!」 振り返った土方の怒声もなんのその。 沖田は、 「福はー、うち」 と、こちらは小声で言って、申し訳程度にちょろっと部屋の入り口に豆を撒いてから、もう一度、 「鬼はー、外ー」 と、土方に投げつけた。 おかげで副長室は辺り一面、沖田の投げた豆だらけだ。 斎藤が少しばかりの同情をしつつも、障子の影から見ていれば、怒った土方が筆を放り出して、沖田を捕まえようと立ち上がってきたが、 再度、 「福は、内」 と沖田は小声で言いながら豆を少し撒いて、斎藤の方へと枡を差し出した。 斎藤が差し出された枡の意味を推し量りつつ沖田を見れば、そこにはにやっとふてぶてしく笑った沖田の顔が。 それで、沖田の意図を察した斎藤だったが、やってもいいのだろうかと、逡巡したのもつかの間、それをあっさりと乗り越え覚悟を決め、枡の中の豆を大きな手で鷲掴み、土方が沖田を捕まえる前に、それを阻止するように土方に投げつけた。 今度は咄嗟に身を庇った土方だったが、沖田ならず斎藤に豆をぶつけられては、土方の元々長くない堪忍袋が切れるのも当然で。 土方はぴきぴきと青筋を立てて、それこそ鬼の形相で詰め寄ってきた。 「てめぇ――」 矛先を斎藤に変えた土方の地を這うような低い声が、その端整な口から漏れたのを聞き、沖田は斎藤の手をとって脱兎の如く逃げ出した。 「あはは! 土方さん、節分だから豆まきですよ。これぐらいの破目は外させてくださいよぉ」 悪戯坊主が悪戯を成功させて喜び逃げていくような沖田の様に、ちっと舌打ちしながらも結局甘やかしてしまうことを自覚しつつ仁王立ちになりながら、この豆にまみれた部屋の始末をどうやってつけようかと頭を掻いた。 |
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