一目惚れ



新撰組に盆や正月はない。
とは、よく言われることだけど、それは嘘だ。
まとまった休みはなくとも、盆正月ぐらいちゃんとある。
ただ、浪士たちが盆や正月だからといって、何もしないとは限らないから、緊急出動で休みがおじゃんになることはあるけども。
だけど、その辺は土方さんだって考えてる。
飴と鞭の使い分けって奴だ。
そんなわけで、俺も斎藤と一緒の休みを、一日もぎ取った。
斎藤と一緒にと言うと、土方さんは最初とっても渋い顔をしていたけど、そこは俺に甘い土方さんのこと、可愛くおねだりしたらしぶしぶ許してくれた。
だから、土方さんって、大好きなんだよね。
ま、居場所だけははっきりしとけって、釘を刺されたけど。
貰った休みは、大晦日の昼から元旦の昼までの丸一日だ。
さて、斎藤とどう過ごそうか?
あんまり遠くだったら、何事かあったときに不便だし。
かといって、あんまり近くは味気ない。
適度な距離ってのが、肝心だな。
まだ日にちはあるし、ゆっくり考えようっと。
斎藤には直前まで内緒にしておいて、驚かせてやろう。
そんなことを思っただけで、なんだかわくわくしてきたな。


師走の半ばになって、晦日までの勤務体制が張り出されて、それを見た俺は大晦日の休みが沖田と同じになっているのを目にして、にんまりとした。
同室で毎日顔を合わしていても、それだけですれ違いということもままある。
また、沖田の兄貴分である副長の嫌がらせか、同じ日に休みが重なることが、他の人間と比べ少ないような気がする。
それが、大晦日の日にというのは、ちょっと乙かもしれない、などと思ってしまった。
二人でほっこりするのもよし、しっぽり濡れるのもいいだろう。
きっと寒さも気にならないに違いない。
そう思って、沖田を誘うとするのだが、なぜだか上手くいかない。
誘おうとするたびに、するりとかわされて、約束が取り付けられないのだ。
そうこうするうちに前日になって、憂鬱な気持ちでその年最後の巡察に出た。
明け方近く、巡察を終え自室に戻れば、屯所待機組だった沖田の寝顔が出迎えてくれたが、当然起こすわけにもいかず、沖田が敷いてくれてあった冷たい布団に潜り込んだ俺だった。


昼近くになって、ようやく目覚めた斎藤は隣を見るが、当然そこはもぬけの殻で沖田の姿はない。
斎藤が夢見た今日の予定通りの行動をするには、まず肝心の相手探しからしなければならなかったが、簡単に見つかるかどうか斎藤は溜息をついた。
そんな思いに囚われながら、沖田を探しに出た斎藤だったが、探せども探せども見つけることができずに途方に暮れ始めた。
屯所で沖田が一番居る確率の高い相手であり、巡察の報告をしなければならない土方の部屋に真っ先に斎藤は行ったのだが、部屋の主は居ても沖田はおらずに空振りに終わり、形式だけの報告を手早く済ませ、じろりと不機嫌そうに睨みつける土方に、いつものことと構わずに早々に部屋を出た。
そして、隈なく探し回っても見つからぬ沖田に、子供らと遊びにでも出掛けたのかと落胆して部屋に戻った斎藤だったが、そこには普段着でない余所行きの着物を着た沖田が待っていた。
「どこに行ってたんだよ。待ってたんだぜ?」
「え?」
待っていたと言われて、斎藤の目が点になる。
斎藤が沖田を探し回っていた間、沖田はここで斎藤をじっと待っていたのだろうか?
「ほら、とにかくさっさとこれに着替えて――」
混乱気味の斎藤の様子には頓着せず、沖田は用意していた着物を斎藤に押し付けて、
「じゃあ、土方さんのとこに居るから。着替えたら来いよ」
と、斉藤が止める暇もなく、身を翻して出て行ってしまった。
後には、思いがけない展開に呆然としている斎藤が一人。


何がなんだか分からぬながらも、気まぐれな沖田の気が変わらないうちにと、斎藤は慌てて着替えて土方の部屋へ向かった。
そこでは沖田と土方が仲良く菓子を食っていたが、斎藤を見とめるなり沖田は菓子を口に放り込みながら、斎藤の手を引っ張って、
「じゃ、土方さん。行ってきまーす」
と、元気よく部屋を飛び出した。
斎藤には憮然とした態度だったが、沖田に対してはよい顔をして、
「行ってこい。気をつけるんだぞ」
と言った土方を思い出しては、笑いがこみ上げる斎藤は、今は伏見に向かう船の中だ。
もちろん隣には沖田が居る。
船に乗る前に買った団子を頬張りながら、後ろに流れていく景色を眺めていた。
川面に浮かぶ水鳥たちを見ては、あれは何の鳥だ? などと他愛もないことを言い合いながら、ゆったりとした時が流れていった。


伏見に着くと、そのまま宿にでも向かうのかと思っていたのだが、街中を散策すると沖田が言うので、当然斎藤もついて歩く。
伏見を選んだわけは、一度赤い千本鳥居を見てみたい――実際は通りたいというところだろうが――というのが、道々歩きながら聞いた沖田の理由だったようだ。
朴念仁の斎藤でさえ、伏見といえばお稲荷さんをすぐに思い浮かべるほどだったから、なんにでも興味を示す沖田にしてみれば、当然のことかもしれない。
しかし、歩いている方向からすると、どうもそちらには向かっていないようで、いぶかしんだ斎藤が問うと、そこへは明日初詣に参るつもりらしい。
なるほど、神社といえば大晦日に参るより、元旦に初詣に参る方がそれらしいかもしれなかった。
ならば、何処に向かっているのかと思えば、それは酒蔵だった。
伏見といえば、元は伏水といい、その名が示すとおり名水で知られる。
その名水を利用しての酒造りが盛んで、多くの造り酒屋が白いなまこ壁を見せて、綺麗な町並みを作り立ち並ぶ。
伏見をはじめ上方で造られる酒を江戸ではくだり酒と言い、最高の酒としてもてはやされる。
そんな酒は当然ながら江戸では値が高く、容易に手に入れられる酒ではなかったが、さすがに京においては飲む機会も格段に多くなり、酒好きの斎藤の喉を潤すことも度々である。
また、甘い物好きの沖田も、極上の酒なら飲むという贅沢者である。
だから何件かはしごして、酒を買い求めた。
もちろんというか、人懐っこい沖田の性格を駆使して、全部一口づつ試飲してからという念の入れよう。
これは斎藤には真似のできない芸当で、ほとほと感心するしかなかった。


ぶらりぶらりとしたそぞろ歩きを終えて宿に辿りついたのは、もうすっかり日も暮れきった頃だった。
「ようこそ、お越しやす」
出迎えた女将の物腰の柔らかさに、
「お世話になります」
沖田もにこにこと愛想のいい笑みを浮かべて挨拶を返した。
事前にちゃんと話を通しておいたらしく、二人が案内された部屋は他から離れた奥まった場所にあった。
「なかなかの場所だろ?」
部屋に通されて灯篭に灯のともった庭を見ながら、沖田は自慢そうに言う。
「ああ……」
ぐるりと見渡せば、夜にもかかわらず明かりの所為でよく見え、自然に見せかけた凝った造りを感じる。
きっと日のあるうちに見れば、また趣が違ってみえることだろう。
食事の用意を整えてもらう間に、まずは冷え切った体を温めようと風呂に入り、出てきた後はなかなか趣向を凝らした豪勢な夕餉に舌鼓を打った。
風呂上りであるのと、買ってきた酒を嗜んでいる所為で、ほんのりと染まった沖田の風情が斎藤にとっては目の毒だ。
風邪をひかないようにと斎藤が拭いてやった沖田の髪は、まだ湿り気を帯びて艶々と鴉の濡れ羽色をしているのだが、その下ろした髪を気にして梳く仕草が、何処となく色っぽく感じるのは斎藤の欲目だろうか。
しかし、その風情をちらちらと目の端に留めつつ、飲む酒は殊の外美味い気がする。


男二人、出された夕餉をすべて平らげ満足したが、買った酒はまだある。
もちろん明日帰る際の手土産でもあるが、もう一つ二つ徳利を開けても問題はあるまいと、酒に目がない斎藤が酒の肴を頼んだが、沖田も止め立てをしなかったところを見ると、どうやらまだ飲む気らしい。
美味い肴と、沖田の姿に堪能しつつ飲む酒は、斎藤にとってそれこそ旨いの一言に尽きる。
そうこうする内に、宿の外から微かな鐘の音が聞こえてきた。
百八つの煩悩を払うという除夜の鐘だ。
その鐘の音をいくつか数えながら、斎藤は沖田に手を伸ばした。
「ん?」
酔っているのか、沖田はされるがまま、大人しく斎藤の腕の中に収まった。
上目遣いに斎藤を見上げた沖田に、斎藤は覆いかぶさっていく。
顔に手をそっと添え、まずは唇に軽く触れ、次に舌でなぞり濡らし、唇を割って歯列を舐め、最後は深く差し入れ、舌を絡めあった。
濃厚な接吻を堪能しつくしたかのように二人が離れると、その間を名残惜しげに銀線が一筋糸を引き、やがて途切れた。
そして、再度覆いかぶさろうとした斎藤をそっと制して、沖田はにやりと哂って、
「鐘が鳴ってるぞ?」
と、心憎いことを言う。
「鐘?」
その意味を、十分判っていながら斎藤は問い返す。
「煩悩を払う、除夜の鐘。それを聞きながら、その煩悩の最たることをするのか?」
くすくすと哂いながら、それでも沖田は斎藤の首に腕を回した。
「糞くらえ、だ」
斎藤が吐き捨て噛み付くように唇を塞ぐと、沖田の唇が自ら開いて斎藤の舌を受け入れる。
後には沖田と斎藤が立てる衣擦れの音と、二人の煩悩を払えなかった鐘の音が、静寂に響くのみ。






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