初夏の陽射しを浴びる前の、早い時間から屯所を出た。
行き先は宇治の三室戸寺。
花の寺ともいわれ、春先には躑躅。初夏には紫陽花。それと同時か入れ替わりに蓮の花が咲き誇り、秋には紅葉が綾目を競う。
そんな情報を仕入れてきたのは沖田で、斎藤はそんなこともどこに行くかも何も知らず、ただ沖田に誘われてうきうきと浮かれて後を付いて来ただけである。
沖田は普段血の汚れが目立たない――実際返り血を沖田が浴びることなどほとんどないのだが――からという理由で、色の濃い着物を着ることが多かったが、今日は非番ということもあるのだろう、珍しくも白い絣の着物を着て爽やかで涼しげな風情である。
その点綺麗好きではあるが、服装に頓着のない斎藤は、今日も代わり映えのない濃紺の着物であった。
そんな好対照の二人が並んで歩くのだから結構目立つはずだが、気配を絶つことに優れた二人はひっそりのんびりと歩いていた。
朝早くに出かけた甲斐があって、山門を潜り蓮の池に辿りつくと、それは見事な蓮が赤・黄・白と沢山の花を咲かせていた。
「へぇ〜、流石見事だと、薦めるだけはあるなぁ」
昨夜雨が降ったこともあり、露を花や葉の合間に珠となし、それは極楽浄土かと思わせる風景だ。
「――――」
斎藤も沖田の言葉に無言で頷くばかり。
しばし浮世を忘れて、咲き乱れる蓮の花に見入っていた二人だったが、静かだった境内に人がずいぶん集まってきて、がやがやと騒がしくなってきたのに気がついた。
「あ、そろそろかな?」
沖田が人の集まる本堂の方へと歩いていく。
斎藤は訳もわからなかったが、慌ててその後を付いて行った。
本堂の前では、人が列を成して並んでいて、
「これは、何の列だ?」
指を差しながら斎藤が、沖田に問いかければ、
「まぁ、並んでたら判るから」
と説明もせずに、並ばせた。
程なくして、小坊主たちが蓮の葉を山ほど抱えてやってきた。
目の前が見えぬほど抱えて、よろよろと歩く様は滑稽だが、その蓮の葉を並んでいる者に、順に一本ずつ手渡していく。
当然斎藤も沖田と同じく受け取ったが、なにせ剣一筋で風流とは縁のない男だ、まだこれが何をするものかさっぱりわからない。
そうこうする内に、住職と思しき身なりを整えた坊主が、竹の筒を持って現れ蓮の葉に注いでいるのを見て、斎藤はやっと合点がいった。
「蓮酒?」
「やっと判った?」
悪戯が成功した子供のように、沖田はにっかりと笑った。
蓮酒とは、蓮の葉の中央の茎に繋がる部分に穴を開け、蓮の葉の上に酒を注ぎ、茎から酒を飲むもので、健康や長寿に効ありと言われ、その蓮の葉と茎の形が、象の鼻のように見えることから象鼻杯とも呼ばれており、中国古代のより行われてきた歴史のある暑気払い方法なのだ。
京の暑さに辟易していた沖田が、今日ここで蓮酒が振舞われると聞き非番を都合して、暑気払いも兼ねて酒好きの斎藤を誘ったのだ。
斎藤と非番を合わせてくれと沖田に言われて、許可を渋った土方だったが、沖田に懇願されて結局許したのだった。
いつもは沖田の好みを優先しての甘味屋巡りだから、偶にはと斎藤の好みも考慮に入れた結果な訳だが、沖田が自分のことを考えてくれていたと知って、斎藤はじーんと感動に耽った。
ある意味、お手軽な男である。それだけ普段沖田に虐げられているのかもしれないが。
「昼間は暑いから、茶屋でゆっくりとして、夜には鵜飼を見て帰ろうぜ」
にっと覗き込むように言われて、斎藤に否やがある訳がない。
それどころかごくりと唾を飲み込んでしまった。
茶屋でゆっくり、と言われれば、斎藤が期待してしまうのも無理からぬことではある。
そんな斎藤を放り出して、やっと蓮の葉に注がれた酒を、沖田は飲みだした。
蓮の葉と茎を支え、上向きな角度で飲む沖田の白い喉に、斎藤の目は釘付けだ。
自分に注がれた酒を飲み干すことも忘れ、その上向いた喉の陰影を眺めやっていた。








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