夫婦喧嘩は犬も食わない |
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ひゅっ。 歳三が里から戻ってくるなり、耳元を風が掠めた。 『なっ!』 びっくりして風を追って視線を移せば、それは総司だった。 雄大な翼を大きく広げ、風を切る姿だった。 普段なら見惚れる姿だが、それどころではない。 『総司っ! 危ないだろっ』 見上げた先の総司に向かって叫べば、一度舞い上がった総司は急降下してきて、歳三に再び襲い掛かってきた。 危険を感じて咄嗟に身を翻して避けたが、耳元で凄まじい風切り音がした。 そのままで居たらただでは済むまいと思えるほどの、手加減なしの威力を秘めたものだった。 『総司っ。一体なんだってんだ!』 突然の行為に訳もわからず、歳三は牙を剥き出して怒り始めた。 朝別れるときは、にこやかに送り出してくれたと言うのに。 『今日は、何処に行って来たの?』 しかし、近くの枝に舞い降りた総司は、そんな歳三に動じず、総司の挙措とは裏腹な、淡々とした静かな声が響く。 『獲物を売りに行くって、言ってたろ』 歳三は昼間人の姿で、兎などを売りに里に出ていた。 ただ、今日は月の出が早かったから、戻ってきたときには狼の姿になっていたのだが。 『嘘つき!』 鋭く言われて、歳三も憤慨する。 『嘘つきってなんだ! 嘘つきって! 嘘なんかついてねぇぞ』 愛しい総司とは言えど、嘘つき呼ばわりは許せぬものがある。 歳三の自尊心は、山よりも高いのだ。 第一その証拠に、総司を着飾らそうと買ってきた着物を、風呂敷に包んで咥えて帰ってきてある。 『歳さんの浮気者!!』 だが、すぐさま返された総司の言葉に、歳三の体は無意識にぴくんと反応した。 『知ってるんだからね! 女子と一緒だったでしょう!』 一緒に里に行く気はなかったが、気が向いたので歳三を探しに行ったら、歳三が女子と何処ぞに隠れるところに出くわしたと言うわけだ。 総司が怒り心頭に達するのも、無理はない話しである。 事実である以上、歳三には反論する権利はない。 思わず黙り込んでしまった。 『――――』 しかし、黙っていればさらに火に油を注ぐかの如くで、総司はみたび歳三に襲い掛かってきた。 歳三も襲われまいと走り出そうとするが、総司の方の動きが一足早かった。 怒り狂った総司は、歳三を追い詰め、本格的に歳三の首や背を狙う。 進退窮まった歳三は、 『そう、じっ。 やめろっ!』 尻尾を振り、手を上げ、声を荒げるが、効果は全然ない。 しかも、歳三自身悪いのは自分とわかっているから、強く反撃もできないでいる。 |
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怪我をしないように避け、怪我をさせないように抗うのが精一杯で。 それでも、鋭い爪や嘴に突かれ、歳三自慢の毛皮に血が滲んできた。 どったん、ばったん。ばさばさばさ。 組ず解れつ、上になったり下になったり、もつれ合い絡み合い。 あたり構わず転げ周り、歳三の毛が抜け、総司の羽が飛び散って。 『つっ!』 森の王者と、空の覇者の、二人の死闘まがいのやりとりに、森は息を潜めて静まり返り、二人の立てる激しい音だけが響く。 狼といえど、相手がイヌワシでは分が悪い。 それこそイヌワシは、狐はおろか狼でさえ、仕留めることができるのだから。 嫉妬に狂い我を失ったような総司では、その鋭い爪で押さえつけられ、圧死させられかねない。 かといって、まともに反撃すれば、今度は歳三が総司を殺しかねず。 身の危険を感じつつも手加減をしていたら、とうとう歳三は首を絞められ、意識も遠くなってきた。 所謂、落ちる寸前と言う奴だ。 『よ、せっ!』 このままではどうにも埒が明かないと、満身創痍の歳三は総司を振りきり、尻尾を丸めほうほうの態で逃げ出した。 後に残るは、いまだ角を生やした総司のみ。 どうもこの勝負総司の勝ちのようだが、いったい歳三は総司をどうやって宥めるのやら。 それよりも、再び帰ってこれるのはいつだろう。 帰ってきても迎えてくれるのだろうか。 まぁ、なんにせよ、二人の関係は、立派なかかあ天下のようだった。 |
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えっと、この話は先日イヌワシが登場するTVを見て、さらにイヌワシは狼でさえ獲物だと聞いて、じゃあ『蒼穹』の総司がイヌワシだったら、喧嘩したら大変なことに!! って、想像の産物です。 書き上げたら、なんだか鷹のまんまでもよかった気もしますが(普通の鷹じゃないし)、こっちの方が緊迫感あるかなーって、そのままです(笑) こんな風だったら喧嘩(浮気?)も命がけですねv シリアス風ですが、あくまでギャグとして読んでくださいねー。 赤目さまのイラストを追加。 そう! まさしくこんな風な二人が書きたかったのでしたー。 |
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