INDEXMENUVALKYRIE PROFILE>「暖炉」(いただきもの)




 暖 炉 





ぱちぱちと薪の爆ぜる音が聞こえてくる、煉瓦造りの暖炉。
外は凍えそうな冬将軍の天下だが、部屋の中は暖かい空気に満ちていた。
暖炉の炎には、人の心を癒し穏やかにする何かがある。
もっとも、ここフレンスブルグのレザードの塔の住人の性格は、炎ごときで穏やかになるという生易しいものではない。

それでも暖炉は健気にも見えるその働きで、その前に敷かれたふかふかの絨毯の上の二人ーーーレザードとレナスーーーを暖めていた。
二人の頬が暖炉の火に赤く照り映える。
彼らの傍らには、丸い銀の盆に載った葡萄酒の入ったデキャンタとゴブレットが置かれ、その光景は、暖炉のある部屋でささやかなお祝いをしている恋人たち、といったいった趣である。

レザードは、赤葡萄酒の注がれたグラスをレナスに渡して言った。
「レナス、今日は我々にとって記念すべき日ですね」
「記念日?何の……?」
「忘れてしまったんですか?」
「?」
「はっ!これですからね、わたしの女神様は」
レザードはひどく落胆して、グラスを水平に保ちつつ肩を竦めた。
レナスにはレザードの不満が何なのか、さっぱりわからない。
ただむすっとしているレザードの様子が面白いので、彼の顔を覗き込む。葡萄酒の香りを確かめるために、鼻の先でグラスを回しながら。

「わたしと貴方がおつきあいを始めて、今日で一周年なのですよ」
「一周年?」
「そうです」
「そう……だったかな?そもそも、“付き合った”、というのは一体いつからのことを指しているんだ?」
「忘れもしない、ラグナロクから数えて半年と17日後。それが、今から一年前の今日です」
「ふうん。よく覚えているものだな」
「それぐらい覚えているのは、当然でしょう。どちらかというと女性の方が、記念日というものを大切に思うものではありませんか?」
レザードはそう確認してみたのだが、レナスの答えは彼が予期したものとは違っていた。
「別に……どうでもいい」

おかしい、とレザードは思った。
さほど豊富ではないが、今までの経験から彼は学んでいた。女性はこういったことを覚えていないと機嫌が悪くなるはずなのだ。
なのに、レナスのこのこの投げ遺りな返答はどうだ?
嬉しくないのだろうか?
いや、そんなはずはない。レナスはただ照れているだけなのだ。
女神はシャイな性格をしている。(レナスが神剣や神槍を振り回すのも、その表れなのだ)
それに創造主の忙しい日々は、元々喜怒哀楽を表現することが苦手なレナスから、さらに感動を奪っているのに違いない。
レナスはそんな必要ないと言うが、これはやはりわたしがもっと神界の仕事を手伝って、レナスを激務から解放してあげねばなるまい。
そう勝手な解釈を加えて、レザードは決意も新たに乾杯の音頭を取ることにした。

「と、とりあえず、乾杯しましょう」
「うん。なかなかいいワインだ」
「乾杯!過ぎてきた全ての過去に。そして、わたしたちの前途に」
違和感を覚えたレナスが口を挟む間もなく、グラスが鳴った。
乾杯の後で、レナスがポツリと呟く。
「前途か」
「何か問題がありますか?」
「いや……」と、レナスは苦笑してグラスに口を付けた。


今を遡ること一年前ーーー
それは神と人との歴史的な大事件が起きた日である。
新しき世界の創造主となったレナスと人間の魔術師レザードとが、幾多の困難を乗り越え、紆余曲折を経て、互いの手を取り合い、共に歩むことを誓った日。
もっとも、下界の人間でそれを知っているのは張本人のレザード・ヴァレスただ一人しかいない。

「レナス、この世界の美しき創造主。貴方が望むのなら、わたしは貴方の片腕、共犯者となりましょう」
「共犯者?」
「あなたの隣で、永遠に伴奏を続ける共犯者」
「伴奏する共犯者か……。なかなか、うまいことを言う」
「そう、貴方の罪はわたしの罪。同じ罪深き迷える子羊として、秘密を共有するのです。言わば共犯関係にあるのです」
「神と人がか?」
「いけませんか?英雄であるよりは、相応しいと思いますが」
「なるほど。確かに、我々の場合は共犯という方がしっくりくる」
「素晴らしいアイディアでしょう」
「ま、貴様にしては気が利いてるというか……」

そこでレナスはハッとなった。妙な動きを見せている男に、警戒心が湧きあがる。

「お、おい、何をしてる?」
「我々の結びつきを更に深く、強固なものにしようと思いましてね」

必要以上に接近した魔術師の顔。
レザードの両手がレナスの頬を押さえる。
レザードの唇がレナスの頬を掠める。
ここまで来ると、さすがにレナスにもレザードが何をしようとしているのかが見えてきた。

「一人だけ逃げるのは許しませんよ、レナス」
レザードは眼鏡の奥の眼を細めた。
「関係は特にありません。わたしがそうしたいだけです」
そう言って、レザードはレナスに深く口づけた。
「んんん、おいっ!やめっ……」
仰け反ったレナスの銀色の長い髪が揺れ、きらきらと陽を受けて輝く。
レザードのマントがレナスの姿を覆い隠した。
しばらくはじたばたと暴れていた女神の四肢の動きが止まると、鼻にかかったような甘い声が風に乗って流れていく。
ほんの数秒前まで辺りを覆っていた緊張した空気が、柔らかな気配に変わっていった。

人類と神々の原罪はこうして始まったのだ。
それはその後の世にしっかりと受け継がれていき、脈々と続いている。


その罪深き恋人たちの一年後の姿が、今宵レザードの塔の暖炉のある部屋でのそれである。
レザードにとって、今日の日を迎えることができた喜びは量り知れない。
だから、祝杯をあげようとレナスを塔に誘ったのだ。もっともレナスが何の祝杯か理解していなかったのは、計算外だった。

「懐かしいですね。あれから一年も経ったなんて、まだ信じられません」
「ふぅん……。そういえば、そんなになるかなあ。おまえは記憶力がいいから(単に執念深いとも言うが)」
「貴方は忘れてしまったかもしれませんが、わたしは昨日のことのように覚えていますよ」
「昨日のことならわたしも覚えているぞ。そんなこと、懐かしいものか?」
「微妙に違っていますが、可愛いから許します」

微妙な温度差はあれど、レザードはレナスの態度がだんだんと軟化してきていることが嬉しかった。

この歓びを何に喩えよう。
女神を手に入れることが不可能だとは思っていなかった。
だが、こんなふうにレナスと一緒にお酒を飲んで寛いで、たわいもない会話をして……。
それがどんなに困難なことであるか、彼はよく理解していた。
それが可能になったことは、レザードにとって、生涯で忘れることのできない幸福な出来事なのである。
おそらく、レナスにはこの歓びは理解できないだろう。

しみじみと喜びの葡萄酒を味わうレザードに対し、レナスはあっという間にグラスを空にして、レザードを慌てさせた。
「ペースが早いんじゃありませんか?」
「大丈夫だ、まだ1杯目だし」
「そう言って、この間も飲み過ぎて二日酔いになったのはどなたです?」
「あ、あれは、たまたま……」
「一月に4回も5回もあるのは、たまたまとは言いません」
「いいじゃないか。それにホラ、今日はお祝いなんだし」
と、調子のいいことを言って、レナスはレナスは杯を呷る。
飲み過ぎると変なことができなくなってしまうことに、今の所困っているのはレザードだけだ。レナスは自分には関係ないとばかりに、レザードの忠告を思いっきり無視した。

「しょうがありませんね。ほどほどにしておいてくださいよ」
「いつもは酔わせて変なことをしようとするくせに、妙なところで堅いんだから」
「ちょっと、レナス!いくら何でも、“変なこと”はないでしょう」
レザードは苦笑しながら抗議した。
「でも、貴方は優しくなりましたよ。あの頃の貴方から、今の貴方の変化は想像すらできませんでした」
「そんなに変化したかな?」
「しましたとも!」

レザードが強い口調で言うと、それに合わせるかのように暖炉の薪がぱちんと爆ぜ、炎が一段と高く上がった。
赤から橙色、そして黄色の入り交じった揺らめく炎というものは、記憶を再生させる装置のようだ。
二人は炎を見つめながら、それぞれに過去と未来へ思いを馳せる。

特にレザードは、レナスの態度の変遷を思い起こしていた。
出合い頭に有無を言わさず神技を繰り出される回数も、最初に比べたら激減してきている。
人前で半径1メートル以内に近付いても怒られなくなったし、ヴァルハラへ出入りするのも許してもらった。
無論、お忍びでは何度も通っているのだが、正式に通行許可をもらって堂々と通えるようになったのだ。

何よりも嬉しい変化は、夜の寝室での行動だ。
以前はコトが済んだ後、すぐさまベッドから追い出されていたのが、朝までベッドにいることも許可してもらったのだ。
もっとも、レナスは眠る前は必ずシーツに境界線を引き、そこにクッションを積み重ねて、
「この線からこっちに来るなよ」と、キツイ顔をして言うのだが。
はいはいと、レザードはその場ではおとなしく従う。心の中では舌を出しながら。
レナスが眠ってしまえばこっちのもの。
こんなクッションの山など、わたしのスケベ心愛情の前には障害にもなりません、と。

翌朝には当然のようにレザードはレナスの腰に手を回し、唇も触れ合わんばかりの距離まで接近している。
目覚めた女神はレザードの姿を見るなり、
「あ〜〜っ!こっち来るなって言ったのにぃ」と憤慨する。
「何言ってるんですか、レナス。貴方が先に領海を侵犯してきたんですよ。貴方の寝相は、あまり良いとは言えませんからね」
「そ、そんなことない!」
「大ありです。毎晩、夜中に『むにゃ〜、レザード』と言いながら、わたしに抱きついてくるんですから」
「う、嘘だ!そんなことっ!」
と否定したものの、自信たっぷりのレザードの言葉は、自分は知らぬ間にそんな最悪な真似をしているんだろうかと、レナスを不安にさせる。
レザードはレナスの動揺につけ込んで、
「そんな顔も可愛いですね、レナス。なんてキュートなんでしょう!」と、一人ほくそ笑むのだ。

もちろん、レナスが抱きついてくるというのは大嘘だ。
眠ってる間もレナスはレザードのことを警戒しているのか、近付くとがるる〜と唸り声をあげて、威嚇してみせるのだから。
そこをかいくぐって、眠れる女神にキスできれば、寝ぼけながらもキスを返してくるラッキーな反応がごく稀にある、というのが真相である。

「ほ……本当にわたしがそんなことしてるのか?」
「本当ですよ。多分貴方は、深層心理ではわたしの事をとても愛しているのですよね」
「おかしい。そんなはずはないのだけど………」
頬をバラ色に染めて必死に弁解するレナスの姿を、じっくりと見つめていられる至福にレザードは酔い痴れてる。
そんなことが朝の行事として定着しつつあった。

思い出に浸りつつ、レザードはもうこれ以上はない、というぐらい愛しそうな視線をレナスに送って、
「二周年も三周年もこうしてお祝いしましょうね、レナス。もっと先まで、永遠にーーー」と囁いた。
「ま、まあ……別になんでもいいけど」
「その無感動な言い方は、わたしに対してしか使わない貴方の愛情表現の一つなのですよね」
「………………」
こういうときのレザードには何を言っても無駄なので、レナスは聞き流すことにしていた。
むしろ最近では、言われないと物足りなくなりつつもある。

「貴方にとってはどうでも良いことかもしれませんが、わたしがお祝いしたいんです」
「好きにすればいい」
「けれど、貴方も一緒に祝ってくれるのなら、わたしはとても幸福だと思いますよ」

レザードの意外に素直な告白に、レナスはどきりとしてしまう。
胸の昂りは少し葡萄酒を飲み過ぎたせいにして、レザードの視線から逃れるように眼を伏せた。
「そ、そうだな、どのみちわたしと貴様以外関係ないことだからな。しょうがないから、祝ってやろう」
「いっそのこと、この日を世界の祝日にしてしまいましょうか?全世界の住人達が、我々の未来を祝福するように」
レザードの途方もないトホホな計画は、レナスの一言で粉砕された。
「やめろッ!!そんなことをしたら本当に滅すぞ、貴様!」

杯を重ねて、いろんな事を語り合い、デキャンタに新しい葡萄酒を継ぎ足し継ぎ足し、二人の祝宴は続く。
結局、葡萄酒の量を過ごしてしまい、二人はベッドまで辿り着けずに、絨毯の上で毛布にくるまって眠ってしまった。
魔法が施されてある暖炉は、徐々にその炎を弱めていく。
お互いの体温が伝わる分を差し引いた、眠る二人の邪魔にならない程度の暖かさに。
レナスが酔っぱらって眠る前に確かに引いた境界線は、翌朝にはやはり無効になっていた。






〜 終 〜




■ザザ様よりコメント

VP1ベースのレザレナ、アニバーサリー物です。
「暖炉」と「祝杯」、どっちのタイトルにしようかと迷ったんですが、冬なので「暖炉」にしました。 実は、タイトルと主題を無理矢理くっつけてます(笑)。

*******オマケ・レザードの大魔法(VP1+VP2)*******
1.レナスが塔の部屋を歩き回って、せっせとクッションを集める。
2.ベッド上で、お互いの領界を決める。
3.就寝時不可侵条に基づき、約境界線にクッションを積み重ねる。
4.満足して眠るレナス。
5.レザードの妨害。大魔法発動。「グランドトリガー!!」と叫びながら、レザードがクッションの山をぐしゃっと崩して、レナス側に侵入。
6.レナスが怒る。「なっ、なにするんだ!」
7.「大魔法です」
8.「今のが大魔法!?手で崩しただけじゃないのか」
9.「わたしの愛を阻むものは、たとえクッションだろうが容赦はしません」
10.レナス、呆れる。「容赦って………」

なんだ、これ?(^ω^;


>小野美歓様
72000番キリ番のリクエスト小説です。
ビミョーにまとめきれなかった感があって、すっかりお待たせしてしまいました。
糖度高めのレザレナを、というご希望でしたが、そんなに甘々でもなかったかな〜。反省。
しかもその割には、R-15にした方がいいかもしれないという代物なのが厄介そうですが、どうぞお納めください。
ウチの場合、R-15は元々VP全部にかかってますから大丈夫ですーーー!(何

、と、いきなりなコメントですみません<(_ _)>

VP方面で初めてキリ番をゲットして舞い上がっていた私は、リク内容で悩んだ末に、結局欲望に忠実にどこまでもストレートに、「糖度高めのレザレナ」をお願いしたのでした………ホント、分かり易過ぎ;;;(笑
ある意味無理難題とも言えるリクエストにお答え下さったザザ様、本当にありがとうございました!!!

作者様ご自身がコメントされているように、確かにべたべたした甘さはあまりないですが、それはこの二人ですから、一般的なレベルと同一には出来ないと思います。素直じゃない女神様も萌えますが、レザードに言いくるめられそうになってあたふたする女神様は更に愛しいですvvv
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白虹亭奇譚

2007.1.29. up