ヒーローランキングは、ほぼ毎日、番組が放送されるたびに更新される。各ヒーロー達の活躍度を表す目安になるランキングは、同時にその人気にも連動している。ランキングが高ければ高いほど人気があるのは当然で、企業側もそれを望んでいる。
 もちろん虎徹自身も関係するランキングだったが、順位など気にしたは一度もない。かつてこの上位にいた頃もあったが、その頃ですら虎徹にはどうでもいいランキングだった。
 だから虎徹がランキングを見る随分久しぶりで、ずらりと並んだそれは以前見たものとはかなり違っていた。
 いつの間にか、バーナビーの名前が、二位に表示されていた。
 コンビを組んでるといっても、ポイントは各自に入る仕組みになっている。バーナビーがポイントに拘ることも、最近よく頑張っていることも知っていた。
 −−だがまさか二位になっているとは。
 もちろん一位は、スカイハイことキースである。バーナビーも健闘はしていたが、キースとはまだ五百点ほどの差があった。キングオブヒーローという名称は伊達ではない。
「何見てるんですか」
 飲み物をとりにキッチンへ行っていたバーナビーが戻ってきた。手にはグラスが二つ、片方は虎徹のものだ。
 冷たく冷やされたグラスの中には、最近虎徹が好んで飲むジンベースのカクテルが入れられている。今までは滅多にカクテルなど飲まなかったのだが、最近はこればかりだ。すっきりとした後味のカクテルは、バーナビーが作ってくれる。
「ランキングだよ。お前、二位だったんだなあ」
 バーナビーは虎徹にグラスを渡しながら、その手元を覗き込み顔をしかめた。
「……昨日、おじさんがミスしなかったら、一位だったはずなんですけど」
 棘のある台詞に、虎徹は首を竦める。
「そ、そんなこともあったな」
 確かに昨日ちょっとした失敗をして、スカイハイに犯人を奪われたことは覚えていた。あれは自分が悪かったという自覚もあるので、虎徹はバーナビーから目を逸らす。
 バーナビーが溜息を吐いて、虎徹の隣に座った。
「あなたは、もう少し人の話を聞いてから行動してください」
 へいへいと頷いてから改めてランキングを眺める。
 虎徹自身は、七位だった。八位はイワンしかいないから、下から数えて二番目である。別に気にしていないが、会社のほうは気にするらしく昨日はロイズから遠まわしに嫌味を言われた。
「ランキングなんか、そんなにこだわらなくてもいいと思うけどなあ、俺は」
 人を助けることがヒーローの仕事であって、ポイントを稼ぐことが仕事ではない。虎徹は今も昔もそう思っている。
「そういう台詞は、一位になった人間が言ってこそ説得力があるんですよ」
 七位の虎徹が言っても仕方ない、ということだろう。
 ぐっと黙り、虎徹は拗ねた表情でバーナビーを睨む。
「ほんっっとお前は、ポイント命だな」
「悪いですか」
「悪かねぇけど、何お前、キースみたいにキングオブヒーローって呼ばれたいとか?」
 バーナビーはグラスの中身を一口飲んでから、虎徹をじっと見つめた。
「……別に呼ばれたくないですけど、一位にはなりたいです」
 微妙な言い方だ、と思った。
 バーナビーが有名になりたいことは知っている。その理由も聞かされている。
「二位でも十分名前は売れてるだろうに」
 大体二位といっても、バーナビーの人気は今やスカイハイと同じくらいだそうだ。スカイハイの場合は老若男女問わずに人気があるが、バーナビーの場合は女性ファンが多いらしい。
 そういうのじゃありません、とバーナビーは言ってから暫く黙り込んだ。
「あの人に、負けたくないんです」
 名前がなかったために、一瞬何のことかわからなかった。 
 きょとん、としてから虎徹は問う。
「キースにか?」
 負けたくない、なんて言うタイプだとは思わなかった。バーナビーの新たな一面を見た気分で確認すれば、バーナビーは突然不機嫌になっている。
 相変わらず虎徹のパートナーは、不思議なところでスイッチが入る。
「……オジサンって、スカイハイのことは名前で呼ぶんですね」
「普通だろ」
 ヒーロー仲間のほとんどを、虎徹は名前で呼んでいる。それなりに長いつきあいになってくると、大体互いの本名くらいは把握しているものだ。
「……」
 ますますバーナビーの機嫌が下降したことを感じて、虎徹はたじろいだ。
 一体何なんだ、と思った。
 ぷいと顔をそむけてしまったバーナビーの横顔を見つめ、虎徹は言葉を探す。何をしたつもりもなかったが、この場合恐らく自分が悪いのだろう。
「で、でも二位だなんてすごいじゃねぇか。お前ならそのうちキースにも勝てるって」
 キースを抜くのはそう簡単なことではないだろうが、この調子ならば不可能ではないはずだった。
 当たり前です、とでも返ってくるだろうという予測とは裏腹に、バーナビーは言った。
「そう思いますか?」
 彼らしくもない台詞に、虎徹はもちろんだと力強く頷いた。
「当たり前だろ! バニーちゃんなら大丈夫だ」
 バーナビーがようやく再びこちらを向いた。明るい緑色の目が、虎徹を写す。
「……もし、僕が一位を取れたら、何かくれます?」
 思いがけない台詞に一瞬驚き、それから苦笑した。
 かわいいところもあるものだ、と思ったのだ。まるで子どもの台詞だった。
 以前、娘にも似たような台詞でぬいぐるみをねだられたことがあった。
「ご褒美ってやつか?」
 バーナビーは「えぇ」と頷く。
 クールそうに見えて、案外可愛いところもあるんだなと思えばおかしくなった。声が自然と弾む。
「いいぜ、何が欲しい? 俺がやれるものなら、なんでもやるよ」
 バーナビーの表情が動く。
「何でも、ですか?」
「言っておくけど、またあのでかい宝石とか言われても無理だからな!?」
 誕生日のときのことを思い出して言えば、呆れた様に返される。
「別に欲しくないですよ、宝石なんて」
「誕生日のとき欲しがってたじゃねぇか」
「それはオジサンの勘違いです」
「じゃあ前回と同じポイントか?」
「一位になった後にポイントをもらっても意味がないでしょう」
 それもそうか、と思う。
「じゃあ何がいいんだよ。欲しいものがあるのか?」
 今のうちに聞いておいて用意しておこう、と思えばバーナビーは考えるようにしてから、慎重に言った。
「……あります」
「何だよ」
「僕が一位になれたら言います」
 虎徹は眉を寄せる。
「高いものじゃねぇだろうな」
「あなたの経済状況くらい知ってますよ」
 う、と黙り込む。最近では財布の中身までばればれの虎徹である。ポイントによって給料は変動するので、虎徹よりもバーナビーのほうが高給取りなのである。
「ちゃんと俺に用意できるものなんだろうな、それ」
「オジサンにしか用意できないものですよ。安心してください」
 バーナビーが欲しがるものが何なのかさっぱり見当もつかなかったが、ここまで言われれば断る理由もない。
 わかったと頷く虎徹を見て、バーナビーが唇の端に笑みを浮かべた。滅多に見ることのできない、営業用ではない笑みだった。
「約束ですよ」
「やるから、お前もがんばれよ。キースは手ごわいぞ」
「わかってます、明日からは気合いいれますよ」
 この言葉通り、今まで以上にポイントの鬼になったバーナビーがキースを抜いて一位になるのに三週間。
 そして虎徹がこのときの安請け合いを後悔するのも、三週間後のことである。



[HOME]