注意
兎視点の折虎←兎の話です。折はほとんど出てきません。そして兎が物凄く、物凄く不憫です。不憫警報発令中です。兎虎至上の方は、どうかお願いなので読まないでください……。ブラウザバックお願します。























 鏑木・T・虎徹は、面食いである。本人は隠しているつもりらしいが、嘘のつけない人なので見ていればわかる。
 顔のいい人間に弱くて、金髪だと尚良い。そして年上よりも、年下が好き――その条件をすべて満たした男、バーナビー・ブルックス・Jrは、醒めた眼差しで目の前で繰り広げられている光景を眺めている。
 目の前にいるのは、バーナビーの相棒である鏑木・T・虎徹と、ヒーロー仲間であり先輩でもあるイワン・カレリンである。
 バーナビーがいることなどすっかり忘れた様子で、二人は仲良さげに話している。
 ヒーロー達が集まるトレーニングルーム、別におかしな光景ではない。ぱっと見、後輩が先輩ヒーローにアドバイスでも貰っている、よくある場面に見える。ちょっと前まで、バーナビーもそんなふうに思っていた。
 イワン先輩は、よほどこのオジサンを慕っているんだな、と。まあ何だかんだいって他のヒーロー達に愛されている虎徹なので、特に気にもとめていなかった。むしろバーナビーが警戒していたのは、イワンよりもKOHことキースのほうだった。
 だが今となってはそんな過去の自分を、バーナビーは心底殴りたい、と思う。
 ――一体どうして、想像できただろう。
 この子持ちのオジサンと、顔は整っているけれども控え目を絵に描いたような青年が、恋人同士だなんて。
 ……あり得ないだろう、とバーナビーは心の中で呟く。年齢だって一回り以上離れているし、男同士だし、並んで歩いていても恋人にはとても見えない。
 しかも二人の関係を、バーナビーは、虎徹に告白したときに虎徹自身から聞かされたのである。
 そのときの衝撃から、バーナビーはまだ立ち直りきれてはいなかった。虎徹は悪魔だ、と思う。
 バーナビーは黙々とトレーニングをしているふりをして、二人の会話に耳を傾ける。無視する、ということはどうしてもできなかった。
 二人の会話は、恋人らしい内容とは程遠い。イワンが大好きな日本の話や、昨日見たテレビ番組の話、最近はまっている食べ物の話――どうでもいい内容の羅列である。
 これで二人はつきあっているというのだから、意味がわからない。嘘かもしれない、と何度か思った。
 けれどもよくよく観察すれば、イワンの紫の目が単なる先輩を見つめるにはやや熱っぽいことに気づくことができたし、虎徹の声も他に対するものよりも僅かに柔らかいことがわかる。
 要するに、自分が鈍かった、ということなのだ。
 両親の復讐にかまけて、他人との人間づきあいをほとんど放棄して生きてきたバーナビーである。自分がどうも感情の機微に疎い人間であることを、最近になってようやくバーナビーは自覚した。
 もちろん気づかせてくれたのは、目の前のオジサンだ。
「ワイルドさん、あの、今日仕事が終わってからあいてますか?」
 子犬のような目で虎徹を見上げ、イワンがそう問うた。
 黙ってさえいれば、イワンは確かに虎徹が好きそうな美形である。それは、バーナビーも認めないではない。
 だがしかし、だ。
 感情が納得するかといえばまた別だ。
「仕事の後? あぁ、空いて――」
 バーナビーはすくっとトレーニング器機から立ち上がると、虎徹の台詞に被せるように言った。
「行きますよ、オジサン。この後、取材が入っているの忘れたわけじゃないでしょう。遅れます」
 虎徹の腕を取り、強引に引っ張ってトレーニングルームから連れ出す。
 自分でも大人気ないことをしていると思うが、目の前でデートの約束をされるなんて真っ平だった。
 ――振られてもなお、バーナビーは、この無神経で騒々しく、平気で人のテリトリーに入り込んでくる髭面のオジサンが、どうしようもなく好きだったから。


 トレーニングルームから更衣室まで虎徹の腕を引っ張って歩き、中に入ると同時に解放する。そしてさっさと自分のロッカーの前で着替え始めたバーナビーに、虎徹が呆れたように言う。
「お前なあ、意地悪すんなよ、折紙に」
「別に意地悪なんてしませんよ、オジサン」
「じゃあ人の恋路を邪魔すんな。馬に蹴られるぞ」
 そんな馬、こちらが蹴散らしてやると思いながら、バーナビーは虎徹を振り返った。
 虎徹はベンチに座って、着替えるでもなくだらだらしている。
 取材が入っているというのは嘘でも何でもなかったので、虎徹のマイペースさにいらっとしながらバーナビーは目を細める。
「公共の場でいちゃいちゃしないでください」
 冷たく言えば、虎徹は不本意そうに答える。
「別にいちゃいちゃしてねぇし」
「公私混同は迷惑です」
「だからしてねぇって」
 唇を尖らせて虎徹は言う。そんな可愛い顔しても、騙されないぞ、とバーナビーは思う。
 今こんな顔を平気でバーナビーに見せるこの人は、恋人と二人きりのときはまた別の顔を見せるのだろうか。それはバーナビーが知らない顔なのかもしれない。
 そう考えると、どうしようもない何かが腹の底からわきあがり、バーナビーはベンチに座る虎徹に近づくと、上から見下ろした。
 自然と上目遣いになる虎徹は、犯罪レベルで可愛い。
「――どうして僕じゃダメなんです?」
 虎徹は、んー? と首を傾げる。そんな仕草して誘ってるんですか、と言いたくる。
 唐突過ぎるバーナビーの台詞を、虎徹はあっさり理解したようだった。
「バニーちゃん、その質問、この前も聞いた」
「そうでしたっけ? でも何度でも言いますよ。あなた馬鹿だから、すぐ忘れるでしょう」
 バーナビーは虎徹に顔を近づけた。
「どうして折紙先輩なんです。僕の外見、オジサンの好みでしょう? 美形で、金髪で、年下だ。目だってあなたの好きな緑ですよ。不満はないはずだ」
「……そういうこと、自分で言っちゃう?」
「事実ですから」
 さらりと言って、バーナビーは理解できないのだと眉を寄せる。
 バーナビーが告白したとき、虎徹はイワンとつきあっていることを理由にして、バーナビーを振った。だがしかし、イワンのどこがいいのか、バーナビーにはさっぱりわからないのだ。自分が、イワンに負ける要素があるとはとても思えない。
 虎徹が好む外見だというのなら、バーナビーだって同じだ。そして中身の問題だというのなら、イワンよりもバーナビーのほうがスペックは高い。
 あんな見切れることばかりにこだわるヒーローよりも、虎徹と同じ力を持ち、隣に立てる自分のほうが虎徹には相応しいはずだ。
「将来性を考えても、僕のほうが絶対お買い得だと思うんですけど」
 なのに虎徹は、バーナビーよりもイワンがいいというのだった。
 不思議とこういうことを言っても、虎徹が怒ることはなかった。恋人であるイワンのことを、バーナビーがどれだけ貶しても、虎徹の顔に浮かぶのはただ苦笑だけだ。
「バニーちゃん? 折紙は、一応お前の先輩だぞ」
「先輩だから何だっていうんです?」
 くだらない、バーナビーは鼻を鳴らす。年長だからという理由で、何かを譲らねばならないなんて、一度だって思ったことはない。
 虎徹は暫くバーナビーの顔を見つめ、それから目を細めた。
 優しい目だった。
「俺、お前のそういう自信家なとこは結構好きよ。いつもはっきりしてていいよな、バニーちゃんは。すごくわかりやすい」
 虎徹の手がわしゃわしゃとバーナビーの頭を撫でる。他の人間にされたらバーナビーは絶対に許さないが、虎徹の手ならば黙って受け入れる。
 甘やかされて、受け入れられている感覚は、虎徹しかくれないものだ。
「確かにバニーは綺麗で格好よくて、俺好みの金髪できらっきらの緑の目だ。身長高いし、お金持ちだし、頭もきれるし、ヒーローランキングも人気も折紙より高い」
 そのとおりだとバーナビーは頷く。
 一体何が足りないというのかと虎徹を見る。
 虎徹の声は柔らかく、優しい。甘やかすように、そして少しだけ困ったように虎徹は続ける。
「でもバニーちゃんは、ちょっとお馬鹿だよなあ。オジサンはそろそろ心配になってきた」
 虎徹が何を言いたいのかわからないまま、バーナビーはむっとして虎徹を睨んだ。
「馬鹿じゃないです。少なくとも貴方よりは」
 虎徹が笑う。
「でも、何で俺が、折紙が好きかわからないんだろ?」
「……わかりません」
 虎徹の手がバーナビーの頭をよしよしと撫でる。
「そういう質問しちゃうところが、心配だ」
 話はおわり、というように、虎徹の手が離れていく。それが寂しくて、咄嗟に掴んで引き止める。虎徹の手は大きくて、あたたかくて、二度と離したくないような気分にバーナビーをさせる。
「心配なら――側にいてくれたっていいでしょう」
 きっと今の自分は格好悪い、とバーナビーは思う。往生際が悪い。ふられたのだから、すっぱり諦めるべきなのだと、今まで恋愛なんてしてこなかったバーナビーにだってわかる。
 けれども、どうしても、そうできない。
 ごめん、と謝られたらバーナビーは虎徹を嫌いになれたかもしれなかった。けれども虎徹は、突き放す響きできっぱりと、いつもの笑顔つきで言うのだった。
「無理」
 するりと手が離れていく。立ち上がった虎徹が、ロッカーに向かって着替え始める。ほんの数歩の距離なのに、バーナビーは一人ぼっちになった気分にさせられる。
 突き放されて、だからこそバーナビーは虎徹を諦めることが出来ない。ごめん、と謝ってくれることさえしないこの人への気持ちを、なかったことに出来ない。
 バーナビーは、痛みを飲み込んで、拳を握る。
 ――諦めの悪さにだけは、自信がある。
 バーナビーは誰に何と言われようと、この恋を放棄する気は、ないのだった。
「諦めませんからね、オジサン」
 虎徹の背中に向かってそう言ってみたが、返事は戻ってこなかった。



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