■ バーダック 〜冬の風景〜2006.12.29


「なーなー父ちゃん、それオラにもやらしてくれよ」
「だめだ、これは殿に頂いた大業物だからな」

年の瀬で、城では大掃除だなんだと皆忙しいらしく、修行の後に里へ顔を出した次男のカカロットがゴロゴロしている囲炉裏の側で、バーダックは刀の手入れをしていた。

「ちえー、なーそのポンポンしてんの何だ?」
「これは古い油を取ってるんだ」

先程までラディッツの馬鹿が又ちょっかいをかけて一戦交えていたようだが、頬を染めて意気揚々と家に入って来たところを見ると、いつものようにカカロットの勝利に終ったのだろう。
情けない気もするが、あれなりに可愛い弟を勝たせてやっている所もあるのだ。

面白そうに刀の手入れを見つめていたカカロットが、ふとなにかを思いついたように顔を上げて身を乗り出してきた。

「あのさ、父ちゃんって殿との付き合い長ぇんだろ?」
「ん?ああ、お前が産まれる前頃からだな」
「んじゃさ、殿の弱ぇトコとか知ってっか?」

『弱い所』と聞いて思わず性的な事を思い、口にあった壊紙を吹き飛ばしてしまった。
まさかカカロットに限って、そんなことはあるまいと思い直し、狼狽を誤魔化すために咳払いを一つして問い返す。

「弱い所?」
「うん。 殿ってさ、オラのことよくからかうんだ。 必ずその後で機嫌取ってくれんだけどさ、オラも反撃してぇんだ」

ああ、そういうことかとこっそり胸を撫で下ろす。

「そうだな…酒が弱いってのはどうだ?」
「それは父ちゃんに比べたらだろ。 それに…」
「それに?」
「殿…酔うと…すげぇんだ……」
「凄いって何がだ」
「……閨で……」

消え入りそうな声が、頬を染めて俯いたカカロットの口から漏れたのを聞いて、思わずこめかみにスジが浮いた。

『あのヤロー…』

ことカカロットの事となると目に入れても痛くない程の可愛がり様で、いつまでも子ども扱いをしている自覚はあったし、それはそろそろ改めなければならないとは思っていても、こうやって本人の口から睦事を聞かされると、その相手に対して酷くムカついた。
納得づくで輿入れを許したはずであっても、こればっかりはどうしようもない。

その相手の弱みを晒すと言うのは、なかなかに気分の良い事で、自然と頬が緩む。

「そんなら口笛はどうだ」
「へ?殿、口笛なんか苦手なんか?」
「吹くのはどうか知らんが、口笛の音が苦手どころか、かなり嫌らしいぞ」
「へー、でもオラ口笛苦手なんだよなー」
「まぁ、ぼちぼち練習するんだな」

面白そうに口笛を吹いてみるものの、確かに空気が無駄に抜けて唇を震わせるばかりで笛と言うのには程遠い音ばかりが漏れる。
これは、殿に一泡喰わせるのはまだまだ先の話か…と、苦笑しながら手入れの済んだ刀を鞘に戻した。

「なんだ、変な音がするから親父の屁かと思ったらカカか」

開いた戸から冷気と共にラディッツが入ってくるなりそう言った。
まったくこいつは口が悪いというか下品というか…いったい誰に似たんだ…。

「とーちゃんの屁ってなんだよ!どーせ変な音だよ!」
「悪ぃ悪ぃ、だけどなんでまた口笛なんか」

カカロットの話しを聞いてラディッツが面白そうに笑う。

「バーカ、殿の最大の弱点はお前に決ってるだろうが」
「え?オラ?」
「どれだけ甘やかされて自由にさせて貰ってるか解ってるだろ?」
「うん…」

照れたように頬を染めるカカロットと、弟を小突くラディッツを見ながら少しばかり感心する。 
日頃馬鹿丸出しにしていても、見る所は見ているって事か。
――それだけ殿がカカを可愛がり方があからさまだとも言えるが――

「そうだなぁ、そこをついて『里に帰る!』ってのはどうだ?」
「…ちょっと面白ぇかも」
「こうやってキチンと正座してだな…両手をついて『里に帰らせて頂きます』って言うんだぞ」
「こうか?」
「そうそう、指は揃えて両手の指先を付けるんだぞ」

笑い合いながら、作法の練習のような事をやっていたが、ふいに顔を上げたカカロットが鼻をひくつかせた。

「雪の匂いがすんぞ!」

その声にゆっくりと立ち上がり、ラディッツが窓を少しだけ開ける。

「こりゃ積もりそうだな」
「え!?そんな降ってんのか!早く帰んねぇと」
「折角だから泊まっていけばいいじゃねぇか。 城には使いを出してやるから」

 久しぶりに来た次男を帰したくなくて、そう勧めるものの笑顔で顔を振る。

「だって殿が心配ぇするし。やっぱオラ今日は帰るよ」

…なんの心配だなんの!
とは思ったものの、帰る気満々な顔のカカロットを見ると重ねて引き止める気が失せてしまう。

「…ラディッツ、城まで送ってやれ」
「はぁ?!親父、過保護じゃねぇの?」
「貴様、カカロットがどういう立場か判って言ってるんだろうな」
「へぇへぇ、んじゃ行くかカカ」
「父ちゃん、オラ大丈夫だぞ?」
「まぁまぁ、親父も心配なんだよ。聞いとけって」

常に警護の者が数名カカロットを遠巻きに護っているのだが、それは本人に教えると嫌な顔をするだろうという配慮から、秘密になっている。
それを理解しているラディッツは、それ以上俺に異論を唱えなかった。
 
巻けるだけ着れるだけの防寒具を身に付けて、頬を染め帰っていく姿を見送りながら、城の暖かい部屋で殿と暖を取るのかと思うと、寂しく少しムカついた。
 
寒がりで、かなり大きくなるまで自分の布団に潜り込んできた子供はもう居ない。
番の相手との新しい巣を作り、そこに帰ってしまった。

無意識に溜め息を一つ零すと、囲炉裏の中で木が爆ぜる乾いた音がした。
『ガキが一匹減ったくれぇで…死んだわけでもねぇ。 ったくらしくねぇぜ』
自嘲するように唇を歪めた時、入り口の戸が開いた。 ラディッツが帰るにはまだ早い。

「トーマ」
「さっきラディッツが来て、お前が暇そうだから構ってやってくれってさ」

『あの阿呆が…』

まるで勝手知ったるで上がってくるトーマの手には酒瓶が一本握られていた。
ラディッツに見透かされ、トーマもなにかしら解っているような顔で来られて癪に障るが、確かに気が紛れていいだろうと思い直し、囲炉裏端に誘う。

「いい息子達を持ったもんだな」
「ぬかせ…」

湯呑みになみなみと酒を注ぎながら、静かに降り続く雪を感じる。
"親父”の役目はもう終わったのかもしれない。 なにか腕が軽くなったような、温もりが逃げていったような感覚を紛らわすように酒を煽った。

「バーダック?」

黙って呑んでいたトーマが、やけに真面目な声で呼びかけるのに、少し面倒臭そうに答える。

「ああ?」
「寂しいなら俺が同衾してやろうか」

反射的に空になった湯呑みをトーマに向かって投げ付けると、それをニヤニヤしながら難なく受け止め、また酒を注いで返してきた。
 
「暴れたいなら布団の中でしないか?」

ますますやに下がったような顔で茶化してくる奴から受け取った酒を静かに置き、傍らにあった手入れしたばかりの刀の鯉口を切る。

「…斬れ味を試してやる」
「冗談だって!おい!バーダックっ!目がマジになってるぞっ!うわーーーっっ!!」

静かになったはずの家の中は一気に騒然とし、湯呑みや座布団が舞う。

しんみりと親父の感慨に耽るなんて自分には似合わない。
そう感じさせてくれたことには感謝するが、ドタバタが面白くなってしまっていたバーダックには止める気はさらさら無かった。

ぐちゃぐちゃになった室内と、飲んだくれて寝てしまった父親とその相方を見てラディッツが深いため息を吐くのは夜半も過ぎた頃だろう。

室内とは対照的に、外では真っ白な雪が静かに里を埋めていった。




おしまい。



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