●のすけ様

以前から思っていたことがある。
オラとこいつは、魂ってモノがあるなら、きっとそれは共有している部分が多いのだろう、と。
こいつの前では、言葉なんか要らなかった。言葉なんてなくても、何となく通じ合えた。
……無論、解らねぇ事だって、伝わらねぇ事だって、そりゃあ確かにあったけど。
それでも、黙っていてもこいつが何を考えているのかは大概解ったし、オラの考えている事も、大抵こいつは解っているようだった。何か不思議なんだけど、それは魂ってヤツが重なるくれぇ近い存在だから、そういう事になるんじゃねぇか、ってオラは思う。こいつと拳をぶつけ合えば、それをもっと強く感じる。組み手って、言葉のない対話なんじゃねぇかな。だって、相手がどう動くかを先読みしながら繰り出す腕や脚は、相手の心を探りながら話すのに、凄ぇ似てると思うんだ。……そう感じるのは、オラだけかも知んねぇけどさ。…解り合うのに、人種が違うなんて関係ねぇよな。オラだって地球人じゃなかったけど、地球人の仲間はいっぺぇ出来た。みんな、オラのこと解ってくれる、大事な仲間だ。でも、それ以上に、こいつはオラの事を知ってる。同じ異星人ってコトだからじゃねぇ。だって、姿形なんてオラと地球人を比べるより、かけ離れてる。そう思って、水を掬って口に運ぶその後ろ姿を見つめていれば。
「何ジロジロ見てるんだ、貴様は」
濡れた口許を拳で拭いながら、振り返り様に呆れたような怒ったような口調で言葉が飛んできた。
「キレイだな、って思ってよ」
新緑ですら霞むほどの翡翠の肌。
今は険しくある深紅の瞳は、けれど意外に優しく和らぐってことを、オラは知ってる。
だから素直に思ったままを言ったのに。
「いって〜〜っっ!」
「ふざけたことをぬかすからだ、馬鹿者!」
何もげんこつを落とさなくてもいいと思うぞ。物凄く頭が痛ぇ。
「ふざけてなんかねぇのに……」
頭を抑えながら睨めば、ピッコロはオラの顎を掴んで鼻で笑う。
…何か、小馬鹿にされてるようで嬉しくない。オラ、嘘なんか吐かねぇし、本気でそう思ってんのに。こういうの、価値観が違うって言うんかな。他の時はあんまりそうじゃねぇんだけど、こんな時はいっつも、こいつってばオラの言葉をまともに取り合ってくれない。……ま、いっけどな。
「おい、手ぇ離せよ」
「超化してみろ」
……おめぇ、人の話聞いてっか?
そうは思ったけど、真顔で眼を覗き込まれて、仕方なくピッコロの言葉に従う。オラが超化するまで、こいつは手を離さない。そんな気がして。オラは少しばかり気を高めて、スーパーサイヤ人になった。
「なったぞ、これでいいのか?」
普段の組み手でも、超化した状態で行う事があるのに、何だってわざわざ今この姿にさせるんだ?オラはピッコロの目的が解らなくて、首を傾げながら様子を窺う。もしかしたら、昼メシの前にもう一戦やろうってのかな。オラ、腹減ってるから、出来ればメシ食ってからの方がありがてぇんだけど……。
そんな事を考えていたら、それが解ったのか、ピッコロが可笑しそうに口の端を引き上げた。
「メシくらい食わせてやるから、安心しろ」
………オラにはおめぇの考えてる事がまだ解らねぇのに、おめぇばっかり解るのはずりぃぞ。
少しばかり面白くなくて口を尖らせたら、ピッコロの顔が急に近付いて。
え、え、えぇ?!

オラ別に、せがんだ訳じゃ……ねぇんだけど………視界が翠色で覆われてしまい、眩しいようなその色に、オラは驚きに見開いていた眼をゆっくりと瞑った。
…………ま、いっか。
ピッコロが触れているトコが温かくて─…実はこいつ、オラより体温低いから触られるとひんやりするんだけど、でも何でかあったけぇ感じがするんだ─…、オラはピッコロのしたいようにさせる事にした。こいつと口くっつけてるのも、悪ぃ気はしねぇし。
…むしろ、気持ちよかったりする。
何かこう、ほわほわ〜ってすんだよな。組み手してっ時は気分がやたら高揚するんだけど、それとは違って、少しばっか落ち着いた高揚感、って言うのかな。
酒ってのを、ほんのちょびっと舐めた時の感じに似てるかも知んねぇ。…って、思ってたんだけど。やたら長いこと拘束されてしまって、息苦しい。オラの考えること解るんなら、今すぐ離してくんねぇかな。薄目を開けて様子を窺えば、ピッコロは全然離れる気はなさそうだった。
どうして解って欲しい時に解ってくれねぇんだ?仕方ないから、取り敢えず軽く腕を突っ張ってみる。……あれ? 動かねぇぞ。今度は力を入れて胸を押してみた。…ぐ、ピッコロのヤツ、わざとやってんな?!ピッコロの笑う気配が伝わってきて、むっとする。
オラ、今日はちっとだけ真面目な気分だったってのに!
「いー加減にしろよっっ!」
ささくれだった気分のままに、一気に気を解放させると、流石にピッコロも弾き飛ばされていった。……ちょ、ちょっとやりすぎたかな。気の所為か、周囲の地形も少し変わっちまってるような……。
(作者注意)気の所為どころじゃなく、きっぱりはっきり周囲の景色は変貌してます!
でも。
「おめぇが悪ぃんだかんな。オラが苦しくなってんの知ってて、わざとやってたろ」
両手を腰に、そう怒って見せれば、ピッコロは一緒に吹き飛んだ岩盤を払い除けながら立ち上がって苦笑う。
「貴様が下らん事を言うからだ」
身体に付いた砂塵を叩いているピッコロに、これといった怪我は見られない。解っていた事だけどオラは少しホッとして、それでもオラの本気な台詞を下らない扱いするピッコロをむすっと睨み付けた。
「まだ言うんか? オラ、本当にそう思ったから言ったのに」
「…オレが綺麗と感じるのは、貴様の瞳の方だ。黒い時も良いが、その色は薄情な分だけ惹き付けられるな」
「何だよ、それ」
自分でも解るくれぇ不機嫌な声が出た。
オラは、どの姿をしてたって、オラだ。そう思っているのに、ピッコロの言い分じゃそうじゃねぇみてぇで、何だか嫌だ。大体、そんな風にキレイだって言われても、ちっとも嬉しくねぇ。…もっとも、単純にキレイだって言われても、何か変な感じだけどな。オラの声にピッコロは少し顔をしかめ、それから何かに思い当たったようにオラを見る。
「ああ、誤解するな。解ってるさ、貴様は貴様だ。ただその姿になると……そうだな、強さへの執着が前面に押し出されているような印象を受けるから、そう言ったまでだ」
……?何だか余計に解らねぇ。こいつの言葉は難しすぎんだ。
「オラが強くなりてぇ、って思うのは、薄情だから出来るんか?」
確認しようと言葉にしてみたら、胸がやけにモヤモヤする。すげぇイヤな気分。
ピッコロは、と見れば、どうやら困っているようだった。
「違うと言っとるだろうが。強さに固執するのは俺も変わらん。貴様のその姿は、強くなりたいと思う姿勢を強く感じさせるから、ああいう表現になっただけだ。……ここまで言えば解るだろう」
「よく解らねぇよ。結局は、オラがスーパーサイヤ人になっとオラじゃねぇみてぇだ、ってコトなんだろ?」
困らせるのは望んでないないような気もするんだけど、このモヤモヤをどうにかする為には、ピッコロを困らせなきゃいけないらしい。自分のコトだってのに、厄介だな。でもまあ、イヤな気分にさせたのはピッコロだし。そう思って、よしとすることにした。…これって、え〜っと、責任転嫁、とかいうヤツじゃねぇよな? 多分…。
「ったく……最後まで言わせるな、少しは自分で考えろ」
んなコト言われたって、解らねぇものは解らねぇんだ。だから聞いてんのに…。
難しいコトを言うヤツが悪い。八つ当たりにも似た感情を抱いて恨みがましい眼を向ければ、ピッコロはやれやれと溜息を吐いた。まるで聞き分けのない子供を相手にしているようなその様子に、オラの気持ちは逆撫でられる。……オラとこいつは対等な関係だと思ってたんは、オラだけか?オラだけ、だったんだろうか。どうせオラは馬鹿だよ、とそっぽを向くオラに、
「目指すものが同じだと、改めて感じるから気に入っている。そう言ってるんだ」
ピッコロこそが明後日の方向に眼を向けて、そんなコトを言った。
あ………そっか。尖っていた心が、丸くなる。超化は、いつの間にか解けていたらしい。オラは気付かなかったんだけど。ピッコロが言いたかったコトが漸く解って、オラは嬉しくなった。要するに、こいつもオラと同じ様なコトを考えてたんだ、ってコトだろ?
目指すものが同じ、それに向かう姿勢が同じ。だから自然と通じ合える。
そういうコト、なんだろ?
納得して笑えば、ピッコロは不機嫌にフン、と鼻を鳴らした。あ。ピッコロってば、照れてるな。そりゃそうか。らしくねぇコト、オラ言わせたもんな。
…こんなコトなら、すぐに解るようになったんだけど、言葉は難しくっていけねぇ。
声に出して笑いながら、そんなコトを思う。
ピッコロは、オラが笑えば笑うほど、機嫌を急降下させてる。それも解るから、何とか笑うのをやめようとすんだけど、嬉しいような可笑しいようなで、なかなか上手くいかねぇんだ。参ったな、ホントに嬉しぃや。
「貴様、いつまで笑ってやがる!」
オラが全然笑いを収められねぇから、ピッコロは遂にキレた。そうなるのは解ってたけど、でも照れ隠しだって解ってるから全然怖くねぇ。ただ、大音量だったから耳にちょびっと痛かっただけ。
「わりぃ、わりぃ。でも、とまらねぇんだ」
「クソッ、本当に腹の立つ野郎だな、貴様は!」
吐き捨てるように言われても、なぁ。けど。
いい加減その馬鹿笑いをどうにかしないと、オレはもう帰るからな!と告げるピッコロに、本当に飛び去ってしまいそうな気配が濃くなって、オラは頑張って笑うのをやめた。
「わ〜! 待った・待った! オラ、笑うのやめたってばっ」
さっきオラが放った気で飛ばされてたマントとターバンを拾い、帰り支度を始めたピッコロの腕に、オラは慌てて縋る。まだこの後も組み手に付き合って貰うつもりなのに、帰られたら困っちまう。あ、組み手すんのは、勿論昼メシ食ってから、だけど。
ピッコロはオラの顔をジロリと睨んでから、無言でマントとターバンを木の根本に放り投げた。そしてそのまま本人も、オラが倒しちまった樹に腰を落ち着ける。取り敢えず、残ってくれるみてぇなんだけど……う〜ん、声が掛けにくい……。
こいつってば、不貞腐れるとむっつりしちまって、全然相手にしてくんなくなるからなぁ……。
その場の雰囲気でオラもだんまりを続けるコト、少々。林の奥の方から、鳥のさえずりが聞こえてくるくらい、静かだった。
障害物があっても、周囲に余計な被害を出さずに攻撃出来るよう、今日は泉が湧き出る林の中を選んだんだけど、オラ達の居る一角は、オラの所為でちょっとばかり見晴らしが良くなっている。だから、風の渡る音までも少し大きめだ。
こんなのも悪くはねぇんだけど、ちょっと沈黙が重い、かな……。そう思って、口を開く。
「…え〜…っと、オラ、メシ食っちまう…な」
オラ、返事は期待してなかった。こいつのコトだ、何も言わずに食事が終わるのを待ってるんだろう。そう思ってた。
「……早く済ませろよ」
返された言葉に、チチの用意してくれた弁当を取りに行こうとした足が、思わず止まる。
ばっと振り返れば、何てことない後ろ姿。
でも、背中を向けたままなのは、ピッコロらしいから問題無しだ。
「ああ!」
見えてなくても気配で解るだろうと、オラはピッコロの背中に笑い掛けてから、急いで弁当を持って戻ってきた。


早く済ませろと言われたんで、オラは黙々とメシを頬張ってる。
いつもなら『喧しい!』と怒鳴られる程には声を掛けてるんだけど、取り敢えず早く修行の再開をしたかった。そしたら、きっとあの高揚感が、さっきの嬉し可笑しい気分もそのままに戻って来る。

それにやっぱり、オラ達は拳を交わらせている方が、性に合ってる。
そんなコトを食事の合間に考えていれば。
……この馬鹿とは、下手に言葉を使わない方が解り合える気がするな。
ピッコロが、これまでの会話で疲れたらしくがっくりと肩を落として、多分独り言のつもりだったのだろう言葉を呟く。でも、しっかり聞こえちゃったもんね。
風が、その微かな呟きを運んできてくれたんだ。

「オラも今、そう思ってたんだぞ。ピッコロ」

─…オラ達に、余計な言葉は要らねぇんだ。多分、だけどな。



以前、こっそりとしてた身内向けの裏(笑)に寄稿頂けたSSです。
悟空さんがピッコロさんにメロメロなのが良いですぞ。ありがとうございました!

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