Affinity 10
〜私は喜びを知っている〜 Abbey




私は、教会というこの世界のどこにでもある団体から行方を捜されているという立場上、極力、家の外へは出ようとはしなかった。

異母弟が同居するようになるまでは、さすがに人里は慣れているところで全てを自給自足で賄うことは無理だったので人目を忍ぶように出かけることもあったが、同居後は、『引きこもり』とその異母弟にからかわれるほどに家の中です過ごした。

ククールは何かと用事を見つけては家の外へと出かけた。
ただ近場の町で酒を飲んでくることもあれば、日用品を買ってきたりすることもあった。

最初の頃は、私は、もしかしたら彼が教会勢力の手先かもしれないと警戒もしていたのだけれど、あの一夜を共にしてからは不思議とそのような疑念は少しずつ晴れていっていたから、それなりに彼の存在は今の私にとって貴重だった。

家の外という外界と、私を繋ぐという役割以上に、きっとわたしは『他人』とこれほどまでに心を落ち着かせて過ごす時間が初めてだったから、それが心地よかったのだ。

時に笑いあい、仲たがいをして、欲望のままに抱き合い

とても穏やかな時間だった。



「ほら、これ、懐かしいだろ?」

ある日、街への買出しから帰ってきたククールが、小さな木製の飾りを私の目の前にぶら下げた。
それは素朴な色合いの、決して高価とはいえない羽の生えた天使の人形の聖誕祭用の飾りで、羽の部分には小さく聖書の言葉が金色のインクで書かれていた。

すっかり私は忘れていたのだが、世間は今、待降節を迎えていたのだ。

「一口10ゴールドの寄付をちょうど教会で募っててさ、一口寄付するごとにこれ一個もらえるんだ。」

同じようなことをマイエラでもやっていた。
なによりそういうことは、オディロ院長が好きだったからだ。
一般の人間から寄付金を募るのと同時に、教会でも大きなもみの木を用意して、同じような飾りを沢山ぶら下げた。

「あ、大丈夫だぜ?俺はちゃんと目立たないように寄付だけしてさっさと帰ってきたんだから。」

教会に顔を出すことがもしかしたら私の居場所を知られてしまう行為かもしれないとようやく気づいたらしいククールはそういうと、少し動揺してぺらぺらと話し出す。

「なんつーか、ロクな思い出が多い割には案外俺、教会の空気は嫌いじゃないなって最近思えたよ。」
「・・・そうか。まあ、お前が教会に行くのを私が止める理由はない。」

その私の言葉を彼は意外と感じたのか、すこしだけ不思議そうな顔をすると、「そっか。」と言い、「兄貴もさ、貧しいもの、悩めるためのもののために、助け合いの募金でもしないか?俺が代わりに行ってくるから?」と続けた。

他人への寄付

そんなことは、考えてみれば私の人生において、まったく無縁のことだった。
つねに他人からの搾取だけを考え、教会では権力を振りかざしそれを実行していたのだった。

「・・・ちょっと待っていろ」
私は廃墟同然に打ち捨てられていたこの家に備え付けられていた、古い箪笥を探った。
そこには記憶どおり、私がかつて身につけていたプラチナ製の十字架が入っていた。

「これをもって行け。」
「え・・・これって・・・」

それは十分に高価なもので、細工も美しく、誰が見ても寄付に差し出すような代物ではないのにククールは言葉を詰まらせる。
今更そんなものを提供したからといって、私の罪が清められるとは思わなかったけれど。

「最早私には必要のないものだ。」
「・・・兄貴・・・」

少しだけ悲しそうな顔をしたけれども、ククールは「じゃ、次に街に行ったときにコレを寄付してくるよ。」と懐に仕舞ったのだった。




「ほら、見てくれよ、兄貴。あの兄貴の十字架でこんなに貰えたんだ。」
数日後、ククールは大きな袋と小ぶりのもみの木の鉢植えを抱えながら帰ってきた。

袋の中には無数の木製の飾り。

「せっかくだからもみの木も買ってきたんだ。」

ククールは笑いながら抱えていたもみの木を床に下ろすと、早速飾りつけを始めた。
私はなんとなく、その飾りのひとつを摘み上げた

天使の羽に書かれた聖書の文言
どうやらひとつひとつ違うことが書かれているようだったけれども、私が手に取ったものにはこう書かれていた。


あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。
わざわいの日が来ないうちに、
また「何の喜びもない。」と言う年月が近づく前に。
伝道の書(コヘレトの言葉) 12:1


以前の私は全く持って、楽しいことなど、喜びを見出せる出来事など日常になかった。
けれども今は違う。
今の私は『何の喜びもない。』という状態では少なくともないはずだ、と目の前の弟を見ながら思った。

そうして私は、初めて寄付した十字架が思わぬ言葉を与えてくれたと、今更ながらに神に感謝をしたのだった・・・


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Abbey(アベイ)
ドライ・ジン 40 ml
オレンジ・ジュース 20 ml
オレンジ・ビターズ 1 dash
*Abbeyは修道院の意味