鳥葬


「・・・まだ見つからないのか?」

イライラとした様子で、新法王は従者に問う。
萎縮した従者は、それでもこれ以上法王の機嫌を損ねないようにできるだけハッキリとした発音で答える。

「聖堂騎士団員を総動員して探しておりますが・・・未だ・・・」
「そうか。判った。引き続き探すように。」
「御意」


新法王、マルチェロが探しているものは鳥篭の中の鳥である。
いや、正確には鳥篭の中の鳥だったものだ。

完璧に閉じ込めて、羽を切り落として飛べなくなった鳥は、絶対に逃げられないはずだった。
けれども・・・その鳥は仲間が死に絶えたことを知った二日前、忽然と姿を消した。


その"鳥"の名前はククールという。
新法王マルチェロの異母弟だ。


二ヶ月前、二人は聖地ゴルドで対峙した。
そして結果・・・マルチェロはククールとその仲間たち、合わせて4人を完膚なきまでに叩きのめした。
謀反者として彼らは捕らえられ、そして異母弟のククールを除いて残りの三人は再び煉獄島送りになった。

マルチェロは、ここぞとばかりに積年の憎しみを晴らすように、ククールを監禁し、そして昔、何回もしたように、狂ったように陵辱した。

毎日毎日、飽きもせず。

その待遇に、ククールは虚ろな目で、廃人の如く胡乱な反応を示しただけだった。
抗議するわけでもなく、脱走を試みるわけでもなく、諾々と自分の待遇を受け入れていた。

ククールがようやく悲鳴を上げて、意識を手放してしまうまでマルチェロは責め立てた。

簡単に去勢されたような腑抜け具合の、その憎らしい異母弟の体を思うままにすることで、マルチェロは多分、生涯で初めて彼に対して優越感を持った。

そして、そんなククールが逃げ出さないようにマルチェロは念入りに、その美しい"鳥"が鳥篭という自分の新しい住まいである法王の館から逃げ出さないように彼の魔力を封じて、そして法王の館から出ることのできないようにその細い足に禁足の呪も掛けた。

二日前の晩、いつものようにマルチェロはククールを組み敷き、そしてその美しい彼の銀髪に隠れるような耳に、残酷な言葉をささやいた。


「ククールよ。今日、使者がお前の仲間はすべて煉獄島で息絶えたと報告してきたぞ?」


その言葉に、ククールはこの二ヶ月で初めて、大きく反応した。
仲間に何があったのかと、叫んだ。

しかし、マルチェロはククールの質問など一切許さずに、初めて抵抗らしい抵抗を示した異母弟の体をその日も征服した。

気分が良かった。

しかし・・・翌日ククールの姿はどこにもなかった。
館から出られるはずのない彼は、忽然と姿を消していた。


「・・・失礼致します、法皇様。」
幾分青ざめた顔の側近が入ってきて、残酷な事実を告げた。
「法皇様。・・・ククール様はこの館の庭園の端から・・・下界に転落されたようです・・・すでにお亡くなりになっているのを先ほど医者が確認いたしました。」


奴が死んで、嬉しいはずだ。
私はずっと、あいつがこの世から消えてなくなればいいと思っていたはずだ。


けれども、その側近の言葉に、マルチェロは自分の口から発せられた声が、震えているのに気がついた。

「・・・転落だと?」

幾ら断崖になっているとはいえ、故意に飛び降りない限りは転落などするはずがない。
つまり、彼は自殺したのだった。

「ただいま葬儀の準備を手配いたしますが・・・」
「よい。」
「は?」
「聞こえなかったのか?葬儀など必要ない。」
「!しかし・・・!放置すればククール様のご遺体は鳥たちに啄ばまれてしまいます!」
「神に仕える身で自殺などするのが悪い。そのまま捨て置け。あれには鳥に啄ばまれる鳥葬こそ相応しかろう。」
「・・・かしこまりました・・・」

まだ抗議をしようとした側近は、マルチェロの鬼気迫る表情に気圧されて、会話を終了した。
そしてうなだれる様にして静かにドアを閉め、そして去った。

静かだった。
ちちち、と、おそらく異母弟の亡骸を啄ばんだであろう、やたら元気の良い鳥の声が聞こえるばかりだった。

文字通り、異母弟は自分の前から飛んで、そして居なくなってしまった。
閉じ込めたはずの美しい鳥は自分の手元を離れ、そして空を飛び・・・そしてその亡骸は空を飛ぶものたちへと循環する。

マルチェロはしばらく、自分の鳥篭から、大切な美しい鳥を逃がしてしまった子供のように本当にほうけて・・・そして・・・自分の目の前から飛んでいってしまった彼に対してしたように、乱暴に自分の法衣を脱ぎ捨て、そして憎憎しげにベランダから、鳥たちに弔われているであろう異母弟の亡骸のほうへむけて放ったのだった・・・


<了>