おすそわけ


「結構壮観だな〜」
ククールは嬉しそうにいう。

今日は年に数回ある貯蔵庫の在庫チェックの日である。
公平にくじ引きで決めた結果、ククールとマルチェロは酒樽のチェック係になった。

教会は何処でもそうなのだがここマイエラ修道院でも独自に各種アルコールを醸造している。
今回ククールたちが担当することになったのは火酒(ウィスキー)の樽だった。
目の前の倉庫には一面、それぞれに焼印でディテールを捺された樽が広がっている。

今日チェックすべきことは樽が種類ごと、年代ごとに記録の数と相違なく正しい位置におかれているかどうかということと、来週サヴェッラの法王に献上する最高級の樽を探し出すことだった。
火酒は醸造期間と詰められた樽の材質、そしてその前に詰められていた酒の種類によって、によって味も香りも色も異なる。
サヴェッラの法王に献上するように事務局から指定されていたのは54年もの、シェリー樽に詰められたものだった。

「えっと、兄貴、まずここから出すようにいわれていたのはなんだっけ?」
「54年もののシェリー樽だ。」
「へいへい・・・あれか?」
奥のほうにある古そうなものをククールが見つけてくる。

「馬鹿者。お前は字が読めないのか?今は何年何月だ?引き算もできないのか?それはまだ9年もののワイン樽だ。」

思いっきり嫌味をこめてマルチェロは言う。

「そんなにいっぺんにいわなくても良いじゃないか・・・わかったよ、これじゃないのか・・・ちぇっ・・・」
ごろごろと出してきた樽を転がして、ククールは奥に引っ込む。

「それにしても・・・54年なんて兄貴より古いじゃないか。」
「古いとはなんだ。成熟しているとかそういう言葉を知らないのか、お前は。」

自分より年を重ねた沢山の樽を前にククールはため息をつく。
なぜなら・・・この貯蔵庫に入った瞬間、なんともいえない魅力的な香りがかすかに流れてきているからだ。

「とにかく・・・このリストに因ると54年ものは出しやすいようにそっちのBエリアに移したそうだ。シェリー樽は中段だな。行って来い。」
「へえへえ・・・最初に言ってくれよ、ったく。」

いわれたとおりのところにククールは行き、また嫌味を言われないように樽の表面の焼印を確認する。
確かにそれは54年もので、シェリー樽だった。
やれやれとばかりにそれを引っ張り出すと、マルチェロは待ちかねたとばかりに刻印を確認してから特殊な工具で穴を開け、そこから一杯分、すっかり美しい琥珀色に成熟した液体を出す。
グラスに注ぎ、色を確かめ、香りを確かめ、そして味を確かめようとマルチェロがそれを口に含もうとしたとき「兄貴、俺にも!」とククールが待った、をかける。
「だめだ。」
「何でだよ?少しだけ良いじゃないか」
「お前のように酒と見れば何でも一気飲みするような馬鹿には勿体無いものだ。それにこれは法王様の樽だ。品質チェックの味見以外は飲んではいけないことになっている。」
「ケチ、なんだよ・・・少しくらい良いじゃないか。」

いくらククールが若さに任せて浴びるように酒を飲むことはあっても、目の前で飲み下されようとしている深い琥珀色の液体が、きっと並みのものには中々に飲むことが出来ないことというのは良くわかる。

「うん・・・流石に素晴らしいな。」
十分に味わう兄を尻目にククールはいじけた。
けれどもどうしても尋ねたいことがあり、目の前の少しだけ機嫌の良さそうな兄に聞いてみる。
「あのさ、兄貴。」
「なんだ?」
「さっきの9年物の樽に比べてこの54年ものはずいぶん軽かったけど、そんなに毎回毎回皆が味見をしてるのか?」
その言葉にマルチェロは「まったくお前は物を知らないな。」と半分呆れ顔で言う。

「もちろん、味見の分も減ってはいるのだろうが・・・考えてみろ、樽は木製だ。
だから呼吸している、そうして火酒は成熟していく。
つまり少しずつここの空気に混ざって蒸発しているのだ。
だから出来上がりは入れ物である樽によって色も香りも違う。」
「へえ・・・」
「詰めた分と、酒として出来上がった分の量はもちろん違う。その差を『天使の取り分』というのだ」
「へえ・・・さすが兄貴、物知りだなぁ」
「・・・褒めても何もでないぞ。」
「なんだよ、褒め言葉は素直に受け取っておくべきだぜ?」

純粋に新しいことを知って兄を尊敬している素振りをするククールに、マルチェロは言う。

「・・・仕方ない。貴様の別名・アンジェロにちなんでお前にも『取り分』くらいはくれてやろう。くれぐれもこれは秘密だ。」

そういってマルチェロはほんの少しだけククールのグラスに火酒を注いだ。
天使が少しだけ多く取りすぎてしまった分くらいの誤差ともいえるわずかな量の火酒は、ククールにとって54年もの、という事実以上に素晴らしかったのだった・・・