騎士団長どのの家族


「お前さえ生まれなければ誰も不幸にはならなかったんだ!」

そう言葉を叩きつけると、ククールはなんともいえない顔をする。
何故、私はこれほどまでに奴が憎いのだろう。

もう家を追い出され母をなくしたのは10年以上も前のこと。
それだというのに私はその過去を振りかざして奴にいつもの憎しみを投げつける。

そんなことをしても私の気は晴れるわけではない。
むしろ堅い壁に叩きつけたボールがそのままの勢いで自分に跳ね返ってくるような・・・憎しみの応酬というのは本当に気が滅入る。

ククールがうなだれて出て行った後、私は暫し反省した。
私の言葉に奴はいつも何も言わない。
ただ何かを言いかけようとしていつもその言葉を飲み込んでしまうのだ。

その様子を私は意気地なしと思うし、しかしかえってそれが私たちの決定的な破綻を回避しているのだと思う。

「・・・それにしても・・・・まったく・・・」

大体、奴が男としてこの世に性を受けたからややこしいのだ。
仮に妹だとしたらきっと私も奴も、今頃あのドニで平和に暮らしていたかもしれない。

私はいい加減気が滅入り、現実逃避気味にありえない想像をめぐらせる。


「兄貴!」
その可愛らしい声に私は振り向く。

いや、まて、兄貴では現状と変わらない。そうだ、「にいさま」・・・いや、「あにさま」だ!
もう一度やり直しだ。

「あにさま!」
その可愛らしい声に私は振り向く。
そこには自慢の妹。
美しい銀髪、青い瞳、そして完璧なまでに白い肌には渋めの紅いドレスがよく映える。

いいではないか。
何しろ奴は見てくれだけは完全無欠なのだ。

「ねえ、あにさま、庭師が今日辺り薔薇が見ごろって言ってたわ、一緒にお茶をしましょう?」
「ああ・・・」

私は頷き、そして妹の手を取る。
・・・いかんいかん、自分の想像だというのに妹は魅力的過ぎる。

戸惑う私に妹は無邪気な顔を向ける。
「どうなさったの?あにさま?」
「ククール・・・」
「え?っきゃっ・・・!」
私は彼女を、その柔らかい芝生の上に押し倒した。


・・・そんな風にマルチェロがありえない現実逃避をしていたころ・・・


「姉貴!」
「ふん、どうした?意気地なしめ。さあ、立て!」
厳しいエメラルドグリーンの瞳が俺を射抜く。
その瞳は厳しいくせに気高くて、それでいてゾクゾクするほど美しい・・・
思わず俺は彼女の案外華奢な、それでも大切なものを失わないように必死に頑張ってきたその手を掴む。

「何をする!放せ!」
戸惑う彼女の顔はとても新鮮だった。
彼女がどんなに高圧的な言葉を吐こうとも所詮は女の力、俺に適う筈も無かった・・・


一方ククールは兄にいじめられることにムカつき、いっそのこと姉ならいいのかもしれないという想像をめぐらせていたのだった。


実はこの兄弟、外見こそは殆ど共通項無いのかもしれないが、案外内面は似ているのかもしれないのだった。
神様のほんのちょっとの手違いで同性に生れ落ちてしまった二人・・・
それは不幸なのかもしれないけれども、彼らの想像のように異性に生れ落ちてしまったのなら・・・かえってそれはそれで問題が起きていたのかもしれなかったのだった・・・

それは知らぬが仏、言わぬが華ということを誰も知らなかったけれども・・・


<了>