相棒



「精々気をつけるんだな。」

ククールのいつもとかわらない減らず口。
そんな減らず口を叩けるのは、今日が最後かも知れない。


マイエラ騎士団はある司教の要請で、近郊の騎士団と合同で大規模な盗賊団の一斉掃討作戦に今日、出発する。
ただの盗賊団ではなく、元々は落ちぶれた農民が武装したもので、事あるごとに旅人を襲っては金品を奪い、そして女なら犯して男なら殺していたものがどんどんと無頼のモノを吸収し、いよいよ教会が無視できないほどにまでの大きな集団になってしまったものだ。

100人単位で、武装した盗賊は居るという。

その凶悪な盗賊団相手に選抜されたのはマルチェロを始め、マイエラのエリート達。
それでも(不謹慎だが)残された騎士達の前予想は、『多分全滅』という悲惨な物である。


ククールは今、正に出発しようという兄に言う。

「これでも持ってけよ。」
何気ない動作で、ひょいっと投げて渡された小さな物にマルチェロは戸惑う。

薄汚れた、元は純白であったらしい白茶けたテディベア
粗い、それでも厚手の絹地でつくられたそれは、随分くたびれてはいたけれども高級品だということは充分分かる。

足の裏には『Kukule』と金糸で刺繍が施されており、全体的に可愛らしい造作の人形の腕には、似つかわしくなく鹿爪らしい古代語で、疫病避けの文言が銀糸で刺繍されている。

「なんだ、これは?」
マルチェロは訝しげに聞く。
「お守りだよ。」
ククールはさも当然のように言うが・・・
「・・・これは疫病避けだ。」
「そ、そんなこと知ってるよ。ただ結構効き目はあるとおもうぜ?」
「・・・大切な物ではないのか?」

この地方では、格式のある家の子供は生まれたときに相棒としてのテディベアを親から贈られることもある。
きっとこの惨めに白茶けたクマは、ククールの生家が破産した時に持ち出したものなのだろう。

「ただ絶対に返せよ?一応俺の相棒だし。」
「ああ・・・」

そういって、戸惑うまま出かけたマルチェロは、2週間後、一緒に旅立った騎士たちを殆ど失って、それでも勝利を収めて帰ってきた。
多くの騎士は仲間を沢山失ったことに悲しんだが、それでも何人かは無事に帰ってきたことを感謝し、そしてマルチェロたちを温かくマイエラに迎えた。


「・・・すまなかった・・・お前のクマは・・・こんなになってしまった。」
祝勝会の時、マルチェロは側を通りかかったククールに言う。
差し出されたクマは更に汚れて、そして胴体が袈裟懸けに切られていた。
器用な人間ならどうにか縫い合わせることは出来そうだが、中からは綿が飛び出していた。

「・・・ひっでえ・・・。」

それでも、ククールはそのクマの破損状態から、自分の相棒が兄の窮地を救ったことをみとめて、けれども素直にその安堵を言葉に出来ないでそんなふうに歎息を漏らしたのだった。

「代わりといっては難だが、今日からこれがお前の相棒だ。」

そうして出されたものは・・・

ククールの物とサイズも素材も殆ど変わらない、でも漆黒のクマだった。
腕には銀糸で厄病避けの文言、足の裏には金糸で兄の名前。

「なんだ、兄貴も持ってたのか・・・早く言ってくれよ、ったく。」
そういって、ようやく素直に笑うククールは、目の前の人物がやっぱり兄であることを実感したのだった。



<了>