二人のオルケソグラフィー


「・・・なあ、本当にやんのかよ。」
「当然だ。」

ククールは疲れた様子でそういい、そして問われたマルチェロは眉も動かさずに平然と言う。
二人を見ていた他の騎士団員たちが待ちくたびれつつもクスクスと笑う。

今日、ククールは団長である兄のマルチェロに呼びつけられた。
いつもの小言かと思ったククールは、面食らった。
何故って今日の用件は[ダンスのレッスン]という唐突なものだったからだ。

通常、舞踏会などの改まった席にはククールのような下っ端は出席しない。
だからククールは、酒場のお姉さんたちとふざけて踊る戯れのダンスは知っていたけれど、正式なものは全く知らなかった。

だが来週の、ラッセル卿の舞踏会で、なんと[見目麗しいマイエラの銀髪の騎士]であるククールにお呼びがかかったのだった。
珍しい物好きの貴族が、ククールの噂を聞きつけて呼びたてたというのだ。

「大体さ、俺のダンスの相手は女の子だろ?」
ククールは不満げに言う。
「当たり前だ。」
マルチェロの答えはそっけない。

そう、ククールのダンスの相手はあくまで女性だ。
もし運がよければ美人と噂のラッセル卿の娘と踊れるかもしれない。

「ラッセル卿の愛娘のマリア嬢はもうすぐご婚約されるそうだ。手はだすなよ。」
釘を刺すようにぴしゃりとマルチェロは言う。
「それにお前を眺めるために沢山のご婦人のやってくるそうだから、大勢の前で恥はかきたくあるまい?」

そんなふうに言われてしまえばククールもサボれなかった。

「・・・で何で俺の練習相手がアンタなわけ?」
ククールは目の前に立つ兄に言う。
「騎士団員の中で女性パートを完璧に踊れるのは私だけだ。お前の行くような酒場に舞踏会のダンスを踊れるものはおるまい?」
「そりゃ、そうなんだけどさ・・・」

(ダンスなんて身体を密着するもん、なんで兄貴と練習しなきゃいけないんだよ。)
そんなククールの心の葛藤などマルチェロは気にした風もなく基本のステップの解説をくどくどと始める。

「では始めるぞ」
待ちくたびれていた騎士団員たちのなかでも楽器をたしなむ者たちの演奏が始まる。
言われたとおりにゆっくりだが基本ステップを踏む。
元々リズム感も運動神経もなかなかいいククールにとってそれはたいした苦にはならなかったのだが・・・

(あーーーやっぱりやりにくい)

身体を密着させる兄に、ククールは自分でもおかしいくらいに赤面する。
わずかに自分より背の高い兄の顔が目の前にあり、なんとなく知っている整髪量の香りが妙に近くに感じる。

「・・・まあまあだ。次はもっと実際の状態に近づけた練習をする。」
「・・・へ?」

そういってマルチェロが取り出したのは長い、すその広がったスカートだった。

「ちょ、スカートなんかどうするんだよ?俺、スカートなんか履くの嫌だよ!」
取り乱すククールにマルチェロは心底バカにしたような笑いを口元に浮かべる。
「貴様はバカか?お前が履いてどうする?」
「へ?じゃあ誰が。」
「決まっている、私が履くに決まっているだろう。ダンスは女性の足はもちろんスカートを踏まないようにするのがまず最初の関門だ。」
「・・・大丈夫だって!俺、もう基本はつかんだし!ほら、兄貴、アンタ忙しいだろ?俺他のやつに女役やってもらうからさ、仕事に戻れよ、な?」

兄の恐ろしい姿を瞬時に思い描いたククールはそういい、兄を部屋から追い出したのだった・・・


一週間後。
結局ククールはラッセル卿の令嬢、マリアと踊ることは出来なかった。
なぜなら最初のクイックステップでククールは招待客の一人の女性のドレスのすそを踏んでしまい、女性のドレスは裂け、大騒ぎになってしまったのだ。
そうしてククールには『最低一年間はダンスの練習をすること』とじきじきにラッセル卿からのお言葉を戴き、早々に宴を追い出されてしまったのだった。

(残念だけど、まあいいか。)
ククールは噂のマリア嬢を見られなかったのは残念だったけど、それより何より兄のスカート姿を見なくて済んだうちに終わってよかったと思ったのだった・・・舞踏会での騒ぎをいち早く聞きつけ、兄がスカートを用意してマイエラで待ち構えていることなどとんと知らずに・・・


<了>