野ばら


とても美しい野ばら
紅い野ばら
少年は思わず魅入られて、手に入れようとする
でも野ばらは言う
そんなことをしたら、私はあなたを傷つけるよ、一生残る形で
少年はそんな警告に耳を貸さない
乱暴に手折ってしまう
無残な野ばら
紅い野ばら



ククールは子供たちが無邪気に歌う、古い歌を、ぼうっと聞いていた。
日曜日の教会
マイエラでは慈善活動の一環としてオディロ院長が始めた、貧しい子供たちのために読み書きや歌を教える教室が開かれていた。

修道士が軽やかに奏でるオルガンの音
マイエラの言葉とは違うけれども、はきはきとした子供の声に良く合う外国の歌

かつて自分も、子供たちに混ざって歌っていたことのある歌だ。
そのころは、深い意味も分からずに、楽しげな旋律に合わせて歌っていたのだが、今は懐かしい気持ちよりも、複雑な気持ちでククールはその歌を聴いていた。


昨晩自分の身に起こったことは、悪夢だ


そう思うとするけれども、気だるさの抜けない体が、それが現実だったことを訴えている。
いつまでもベッドでうずくまっていたかったけれども、ククールはまるで穢れたシーツと自分の体が一体化してしまうような錯覚にとらわれたから、無理矢理に起き出して、活気のある子供たちの近くに身をおいたのだった。


野ばらは、少年の体、心の中に、一筋でも一生残る傷をつけてやることができたのだろうか?
少年はそれを見るたびに、無残に手折ってしまった野ばらを思い出すのだろうか?


瞬間的に、ククールは自分が、無我夢中で毟り取るように爪を立てて掴んだ異母兄の背中を思い出した
それが原因か分からなかったけれども、今朝見たら、自分の指先には乾いた血がついていた
洗ったけれども、爪の間には僅かに、半分は自分と同じ血が入り込んだままだ

その血を見返そうとしてククールは自分の手に視線を落としたけれども、皮製のグローブがそれを遮っていた。

溜息をつき
昨夜のことを何回も反芻し
子供たちの無邪気な歌声を聞き流し

そうしてククールの日曜日は過ぎていったのだった・・・


<了>