偏愛 2


妹は、いつもビクビクとしていた。
俺にはその理由は分からなかった。
けれども、母親と、そしておれ自身の顔とそっくりなその茶色い瞳が、不信そうに他人を見つめるとき、俺はいつも心がざわめいたのだった・・・



ねえ、サーベルト兄さん
ゼシカは悪い子?汚い?

その、茶色い瞳から、ぼろぼろと涙を溢れさせた妹。
彼女は今朝から、急に他人を拒絶し始めた。

『サーベルト様、ゼシカ様のご様子が・・・』
ゼシカの身の回りの世話をしていたメイドがおろおろと俺に相談を持ちかけてきた。
俺はあの頃、父の期待に応えるため、都会の大学に行こうと必死に勉強をしていた頃だ。

そんなの、母さんに言ってくれ

そう言いかけて俺は、母は金持ち仲間が開いているというパーティーに外出中だということに思い至る。

母は淫らだ

なぜかそう思う。
女というものを知り尽くしている母は、未だに酷く美しく、若い頃の母を見初めて父は強引に結婚したという。
それだけ情熱的に父は母を手に入れたというのに、彼は母をほったらかしにして何やら書斎に篭っていることが多い。
だから母は良く家を空けていた。
子供を二人も産んだのだし、この家での義務は果たしたというばかりに。

父は無関心だ

何が父をそうさせるのかは分からないけれど、父はゼシカと俺には無関心だ。
けれどもアルバートの名を汚すなという無言のプレッシャーを俺はひしひしと感じていた。
多分、俺もゼシカも、これっぽっちも父に似ていないことが、彼が子供たちに対する無関心の原因かもしれない。
だから彼は、子供たちは自分の家に居ないとばかりに振舞った。

男には、妻が産んだ子供が確実に自分のものだと確かめる手立てはまず、この世界にはない。
だから父は、母が他の男を引き込んだ、という愚かな幻想にでも取り付かれているのだろう。

そんな冷めた家庭で育ったせいか、妹はいつも人の顔色を伺うような子供だった。


妹の部屋に入ると、妹は憔悴しきったような顔で『ゼシカは悪い子?汚い?』と俺に訊ねた。


何があったんだ?


聞かずとも分かる。
多分、父に何か言われたのだろう。
まだこんな子供の妹に何を言ったのだろうと、腹が立った。
けれども俺は妹に問い詰めるのはなんだか酷だとおもったから、ただ名前を呼んで、そして手を握ってやった。

その手をゼシカはいつまでも握り締めて、泣いていた。
何がそんなにつらいのだろうというくらいに、握っていた手がぶるぶると震えていた・・・


そのときの俺は、妹に対して言いようのない苛立ちを覚えたし、そして深い憐憫の情も覚えた。
彼女はいずれ、この家のためにどこか金持ちの家に嫁ぐのだろう。
俺がどこか金持ちの家の女を嫁に貰うように。

まだ幼く、そのあたりのことなど到底わからないであろう妹のことが不安になった。
いつも妹は俺の後ろに隠れて、俺の手を握り、俺に微笑みかけて・・・味方を探していた。

そんな彼女が、この家を出て、そして他の家の男の子供を産み、やっていけるのか。

まだまだ先のことなのに、俺はそんなことを考えながらゼシカの震える手を握っていたのだった。



父の死から数年。
俺は学校の休暇で久しぶりにリーザス村に帰ってきていた。
朝の礼拝の時間の少し前。
教会の脇からゼシカのスカートの端がのぞいた。
仕立て屋を呼び、どれがいい、あれがいい、やっぱりこちらがいいと、母親に着せ替え人形のようにサンプルを体に当てられて、ようやく選んだ、地味だけど上品な柄の布に見覚えがある。

ゼシカ、と声を掛けようとした。

けれども、その時俺はついに彼女に声をかけることを出来なかったのだ。

彼女は、俺の親友とキスをしていた。

ああ、味方を探していたのは、彼女じゃない。俺だ。

そのとき、俺は悟った。
親友に、とてつもない嫉妬と憎悪を覚えたのだった・・・