救済 9
「ゼシカ、旅に出るってポルクとマルクに聞いたんだけれど・・・あなたまさか、サーベルトさんの敵討ちでも考えているの?」 私がリーザス村を出ようとしたとき。 学校での友達だったサマンサが話しかけてきた。 彼女の豊かな胸がいつもうらやましかった私は、彼女のことを避けていたときもあったし、けれども仲良くすごしていたときもあった。 彼女は気立てが良く、美人というよりは優しげな雰囲気で、つい半年ほど前、私たちの学年で誰よりも早く村の人間と結婚した。 私は彼女が話しかけてきたことにとても驚いた。 なぜなら私たちは『あの日』以来、口をきいていない、もっとも私が彼女のことを一方的に避けていたのだけれど。 彼女が結婚式に招待してくれたときも、私は出席こそすれ、一言も彼女に祝福の言葉を贈れなかったのだ。 私は彼女から目を逸らせて、何も言わずに村を去ろうとした。 そんな私をサマンサは『待って!』と彼女にしては大きな声で引き止めた。 「ねえ、ゼシカ・・・私、あなたのこと大好きよ?それだけは誤解しないでね。 それに、誰にも言ってないわ。」 私は振り返れずに、肩を震わせた。 「だから・・・敵討ちなんて、やめましょう?外は魔物が沢山いるというし、あなたのお母様が心配なさるわ?」 「・・・サマンサ・・・」 私はやっと彼女に振り返る。 「私は絶対私が見たことは誰にも言わない。だからずっと、昔みたいにお友達で居ましょう?」 サマンサの顔はなぜか悲痛で。 そう、あの日。 私は、サマンサにとてもいやな光景を見られてしまった。 いつものように、そう・・・いつもの早朝のように、兄さんが私をレイプし終わった後に私の部屋のくずかごに無造作に捨てた避妊具を、私がリーザス村のすぐ横の森で、土に埋めているとき。 寝坊とからかわれていたサマンサが、どういうわけか森で、(今にしてみれば彼女の夫となった男と逢引でもしていたのだろうか、)私を目撃してしまった。 彼女には好奇心しかなかった。 驚かせようとしただけだったのだろう。 「ゼシカ、何やって・・・!!?」 不意に背後から掛けられた言葉。 そして詰まった、最後まで紡がれなかった言葉。 私はそのときの凍りつく心臓の感覚を今だに思い出せる。 私の手には、土を掘り起こすために庭師の物置からくすねてきた小さな移植ごて。 地面には、触るのが嫌で置いていた、精液のつまった、けれどもだらりとだらしなく置かれた使用済みの空々しい色の避妊具。 それも、まとめて埋めることにしていたから一つや二つではない。 サマンサは、良く分からない、うわごとのような口調で謝罪を口にすると、一直線に村のほうへと駆けていった。 私はサマンサがお母様に告げ口をすると思って、本当に怖かった。 サマンサも埋めてしまおうか、という凶暴な衝動すら沸いた。 けれども、サマンサは誰にも言わなかったし、そして今までと同じように私に接してくれようとした、そして結婚式にまで呼んでくれた。 そのサマンサを私は無視してきた。 けれども、もしかしたら旅の最中、志半ばで私は死んでしまうかもしれない。 そう思ったから、私はようやく彼女と話せる勇気がもてたのかもしれない。 「・・・ありがとう、サマンサ。私はあなたのことが怖かった。ゆるしてね、あなたが誰かに、いいえ、私のお母様に『あのこと』を告げ口してしまうのかと思って、私、あなたのことがこわかった・・・」 「ゼシカ・・・」 サマンサはぶるぶると、頭を振る。 どういう意味かは私には判じかねるけれど、けれどもサマンサは言う。 「私たち、ずっとこの村で、ずっと一緒の学校で、ずっと一緒に育ってきたじゃない。 私はそんな友達を、傷つけたくはないわ。 それに友達が危険なところに行くのに黙ってみていられないわ。」 彼女をとても善良な人間だと私は思う。 「ありがとう、でもね。私、やっぱり行くわ。 私はね、この村が好きだけれど、やっぱり同じくらい嫌いだわ。 いつも平和で、あなたみたいないい人がいて・・・だから、兄さんの敵討ちの意味もあるかもしれないけれど、私は変わりたい、出て行きたいの。」 「・・・そう。」 あのときの私の相手が誰かを尋ねられるかと思ったけれども、サマンサはそのことについては何も言わなかった。 もしかしたら、聞かずともうすうす感づいているのかもしれないと、私は戦慄していたというのに。 「・・・でも、つらくなったらいつでも帰って来てね?サーベルトさんだって自分のためにあんなに大好きだったゼシカが傷つくのは悲しいでしょうから。」 あんなに大好きだったゼシカ だといいのだけれど、と私が心の中で自嘲したのをきっと彼女は知らない。 「・・・いってらっしゃい。」 「ええ、行って来るわ。」 そのときになって、私はサマンサの体型が変わっていることに気がついた。 見ればすぐ分かることなのに、全く気づかなかった私は薄情だ。 けれども、これが最後の『まともな』人間になれるチャンスなのかもしれないと思い、サマンサに妊娠しているのかと聞いた。 彼女は嬉しそうに、春に生まれるわ、といい、(そのとき私は一人の女として彼女をうらやましく思ったし、『友人』として祝福しようと思ったし、なにより、自分が森に埋めた、結実することの無かった大量の避妊具の中身を思い出す)そして別れの言葉を私にもう一度告げ、そしていつまでも村の入り口のところで私を見送っていたのだった。 ククールの顔を思わずひっぱたいてしまった翌日、私は彼に、なるべくいつもと同じように接しようと思った。 彼だって、混乱しているのだから。 私だって、他人に対して善くありたい。 だから、それとなくエイトにククールとけんかをしたから仲直りをしたいので二人きりなりたいと言っておいて、彼はそのように取り計らってくれた。 ククールは戸惑っていたけれど、だんだんと調子を取り戻し、けれども私がサマンサの、生まれてくる赤ちゃんために見ていた服には戸惑いを隠せずに、少しだけうつむいていた。 でも、いいんだ。 私はなぜだかそんな風に思った。 私も戸惑ったのは同じなのだから、むしろ同じ戸惑いにまた彼に対して一方的に親しみを覚えた 男女がいて 子供ができて 周りが祝福する そんな当たり前の人の営みを私は知らなかった。 彼も口には出さないけれど、顔は少し傷ついた表情だった。 そんな彼を、私は少しだけ、そう、恋人が慰めるようにそっと腕の中に包んであげたいと思ったのは、彼には内緒だ。 なぜなら、彼はただの旅の仲間なのだから・・・ Next→ |