眩暈 8


そう切り捨ててしまえば我ながらひどい話だとはおもうけれど、彼女の告白はどこかの三文小説のようだった。

村という、いや、家という閉ざされた空間でのゆがんだ関係、愛憎劇。
逃げ出したくてもそこから逃げるという選択肢すら思い浮かばなかった苦悩。

自分と同じ悩みを持っていた人間の告白を聞きながら俺はどんどんと色々なことを思い出し、そして胸が苦しくなる。

どうにか整理をつけようとした
目の前の、自分が放り込まれた状況を、自分が売春をしていたという事実を知った日から、理論的に説明しようとして(受けた教育の素地からか、自分は神に対して正しい人間でありたいと思っていたからかもしれない)悩んでいた時期も随分長かった。

俺はあいつという存在を自分の心から消そうとしていたふしすらある。

でも、それは何の解決にもなっていないと、修道院という閉ざされた空間を出てみてから思えるようになってきた。
きちんと現実と向き合う機会は、きっとそのうちやってくるはずだ。

あいつは生きているのだから


でも、彼女は違う。
いきなり、虚無な世界にポイと放り出されてしまった。

彼女の『兄さん』はいきなり死んでしまったのだ。
悲しみをぶつける相手も、自分の中の劣等感や理不尽な、そういう未消化の感情をぶつける相手もいない。

それになにより、彼女の中で整理し切れていない。

だから俺とは違って、彼女は告白の最中考え込むこともあったし少し感情が昂ぶって声を震わせることもあった。

彼女はかわいそうだ。

かわいそう、というのは上のものが下のものに対して優越感を覚えるときに人間が抱く感情だというけれど、そんな屁理屈で説明できるほど人間の感情はいつも同じようにはたらくものではない。

俺は彼女のことを心から『かわいそう』と思った。

彼女には寄りかかれるものが何一つない
どうして自分をそんな目にあわせたんだと詰め寄るべき『兄さん』すらいない。

だから・・・俺は全てを告白したらしい彼女が恐る恐る、俺を見つめるのを甘受した。
俺の思い上がりかもしれないけれど、その目は自分を嫌わないで欲しい、と言っているように思えたから。

そして俺は、彼女に触れるのをちょっとだけ躊躇った。
俺は自分自身を穢れた存在だと思っているから。

けれども、別に変ともなんとも思わない、と言ってくれた彼女の台詞に少しだけ後押しをされるように、俺は思い切って彼女に触れた。

いつもの軽薄な俺のキャラには似合うかと思って俺は彼女の肩に手を掛け、そして彼女の括れた腰を抱き寄せ、驚いて顔を上げる彼女の瞳をじっと覗き込む。

そうすると女の子は大抵俺の、色素の薄い瞳に見入って自分から目を閉じて俺がキスをするのを待つものだけれど、彼女はそんなこともなく、けれどもそうかといって感情がないわけではなくすでに驚きの色が去った瞳は悲しみに彩られていた。

俺はその瞳を直視する勇気は本当はなかった。
けれども、目を逸らしてはいけないと思ったから、よく目を凝らさないと見えないくらい小さい彼女の目の際にある涙黒子の辺りに意識を集中させながら言う。

「・・・そっか。ゼシカも色々あったんだな。
でもまだ整理し切れてないんだろう?当然さ。でもな、いつかなんとなく自分の中で決着がつく日がきっと来るはずさ。
俺だってまだだから別に偉そうなことを言えるわけじゃないけどさ・・・
俺はゼシカのことを強い女の子だと思うし、今でも素敵な女の子だと思う。」

おい、ククール
お前は何偉そうに彼女に諭しているんだ?
お前は穢れているくせに
誰もお前なんか愛してもいないくせに
自信がないんだろう?
誰にも嫌われたくないんだろう?
いいや、俺はそんなふうに自分をやたらと貶めることは止めたんだ
そんなことが腰抜けのお前にできるのか?
さあ、どうだろうやってみなきゃ判らない
どうせすぐにたくさん傷ついて、周りからは誰もいなくなるさ
それでもいい、俺は、きっと彼女と少しずつ自分のことが嫌いな俺を、そして彼女を助けてやるんだ

ぐるぐると眩暈がする

そんな俺の様子をおかしく思ったのか彼女は少し怪訝そうな顔をしながら
「・・・いいのよ、無理しなくても。」
と優しく言ってくれた。

俺はいきなり罪悪感を覚えて、それでも怪しまれないようにそっと抱いていたゼシカの肩を放す。

「ゼシカが俺に変でもなんでもないって言ってくれたように、俺はきっといつまでもゼシカのことを素敵な女の子って言うさ。
何度だって言う。
ゼシカ、泣きたいときは泣いても良かったんだし、我慢すれば苦しいのは当然さ。
きっかけがなかっただけなんだよ。きっと・・・
俺にはゼシカの気持ちの100パーセントを理解することは出来ないかもしれない。
でもきっと、そうだな、20パーセントくらいはわかるはずだ。」

「なによ、それ」

ゼシカが思わず笑う。
その微笑に俺はきっと数年ぶりに楽しい気分になった。

「だからゼシカ、時々でもいいから辛くなったり、なにか言いたいことがあったら俺に一方的にでもいいから吐き出したほうがいいさ。
こうみえても世界三大聖地マイエラの僧侶なんだぜ?
迷える子羊の悩みをこっそり聞くくらいならできるさ。」
「マイエラも随分地に堕ちたものね。」

そんな憎まれ口を叩くゼシカの口調はちっともとげとげしくなどない。


その日から、俺たちは少しずつ、100パーセントになる日はきっとこないのだろうけれど、気持ちを理解できる割合を高めていったのだった・・・



<了>