密猟 10



僕がそれから目を覚ましたのは、兄さんの部屋でだった。
兄さんは僕と目があうと、ベッド脇にしつらえられていた椅子から勢い良く立ち上がる。

その、兄さんのまとう冷たい雰囲気に、僕は目覚める前に何をしていたのかを思い出す。

「あ・・・」

兄さん、お願い僕を見て。
僕を嫌わないで。

そう言いたかった。
けれども僕の喉はカラカラと渇いていて、まともな言葉一つ紡げなかった。

「・・・体は痛くないか?」

殴られるかと思った。
恫喝されるかと思った。

けれども兄さんはさっきまでの冷たい雰囲気を押し込めて、穏やかに言った。
僕は、それが兄さんが本当に心の底から怒っているときの感情の発露とは思わなかったから、僕の胸の痞えはすっと取れた。

僕が『皆に愛されて』気を失ったあと、兄さんは回復呪文をかけてくれたのだろうか?
痛くてたまらなかった僕のそこは、なんともなく、そしてベタベタに汚れていた肌はキレイに拭かれていた。

「うん・・・兄さん・・・その・・・」

とにかく弁解をしたかった。

僕は兄さんが大好き。
離れたくない。
僕は兄さん以外の誰も見ていなかった。

けれども僕の言葉を遮るように兄さんは言った。

「お前には騎士団に入ってもらおう。お前を『愛したい』とおっしゃる方が沢山いるのだよ。私の役に立ってくれるな?」

そういわれて僕はうなずいた。
僕はまだ兄さんに嫌われていない。
そう思ったんだ。


その日から兄さんが僕を『愛して』くれることはなかったけれども。


特別製といわれた紅い制服に身にまとって、僕は毎日のように色々な方に『愛された』。
兄さんが教えてくれたように、沢山のことをして、沢山のことをされて、僕はいろいろな人と愛し合ったんだ。

けれども、その幻はある日、僕を何回も愛してくれた、奥さんを失くしてしまったという僕のお父様くらいの方の言葉で醒めてしまったんだ。

「・・・なんてお前は可愛らしいのだろう。一生私と暮らさないかね?君の異母兄上の騎士団長殿には幾ら積めば君を修道院から出せるのだろう?」
「・・・幾ら・・・?」
「そう。幾らか大体の金額を聞いていないかね?君の値段はどんどん値上がりする一方だ。おまけに『客』が多すぎて予約も取れない。ならば身請けをするのが一番だろう。
多少積んでもいい。お前は可愛らしく最高だ。」

「『値段』?・・・『客』?」

その瞬間、僕はあの日初めて兄さんに殴られたときのようなショックを覚えた。

僕は愛されていたんじゃないの?
兄さんはお金を、僕を愛してくれる人たちから取っていたの?
だから『私の役に立ってくれるな?』と言って、あの日から僕を『愛して』くれなかったの?

僕はその日、マイエラに帰ってから泣いた。
気が狂うほどに、今から思い返せば笑ってしまうほどに滑稽なまでに『俺』は自分が『売春』(もっともその当時はそんな言葉も知らなかった)をしていることに傷ついたんだ。


僕を愛してくれる人はいなかったんだ。


そうして『俺』は、『兄貴』を忌み嫌うようになった・・・