キャベツと魔法







ごとごと ごとん


「なあ、起きろよ」
「・・・ぐうぐう」
「起きろって。」
「ぐうぐう」
「お前なぁ・・・」

ごとごと ごとん


小さなトラックの荷台でつぶやかれた声はあまりにも小さくて
誰にも聞こえることはありませんでした。

村の大きな畑から、今日もたくさんのキャベツが市場に運ばれてゆきました。

ごとごと ごとん
トラックは揺れながら、十三夜月が照らす道を走ってゆきました。






街の小さな八百屋さんでは、今日もたくさんのキャベツが売られていました。


あるおくさんは、新鮮でたいそう元気のよさそうなキャベツをひとつ選んで帰りました。
さあ今日は何をこしらえようかしら。
そう思いながら家に帰ると、お仕事を終えたごしゅじんから電話がありました。
「今日は久しぶりに、ふたりでレストランに行こう」
おくさんは大喜びで出かけました。
キャベツをテーブルに出したままで。
大きな窓の 鍵も閉めないままで。



太陽の光はだんだん遠くなり、かわりにあおいあおい夜がキッチンに満ちてゆきます。

「おい」
「・・・」
「おい、起きろよ。」
「・・・朝か?」
「夜だよ。」
「じゃあ寝る。」
「いや、起きろって!」
「・・・もう、大丈夫なのか?」
「ああ、出かけたみたいだ。」


部屋中が深く沈んでゆく中で、ひそひそ声がぴょこんと二つ、キャベツから顔を出しました。
それは、小さな2匹のあおむしでした。

「で、ここどこだ。」
「わかんねえ。とりあえず、どっかの街の人間の家。」
「・・・うわ、あの村と全然違ェ。」
「うん、すんげェ遠くに来ちまったみたいだ。」


2匹のあおむし。
ぐうぐうとよく眠るのがゾロ、変な触覚みたいな鼻のあるウソップ。
ぐるぐるる。
盛大に二匹のお腹が鳴りました。
もごもごとふたりは、手元のキャベツをかじってゆきます。

「もごもご。」
「もぐもぐ。」
「ふがふが。」
「もごもご。」
「ふがっ!」
「んが?」
「や、キャベツ食ってる場合じゃないだろ!」
「はー、どうしたもんかね。」
「呑気だな、ゾロ!」
「ジタバタしてもしょうがねェだろ?」
「でもこのまんまじゃ、おれたち、イキオクレだぜ!」

そう。
ふたりの仲間たちは、もうとっくにちょうちょになっていたのです。
いつさなぎになってもおかしくないはずのふたりだけがキャベツ畑に残り、
いちばん立派なキャベツでお昼寝していた隙に、運ばれてしまったのでした。

「早く飛びてぇのになあ。」
「ここじゃ無理だろ。ちょうちょになるのは。」

「っつか、さなぎにもなれねェか。」
ウソップははあと、暗い部屋を眺めてため息をつきました。

申し訳程度に飾られた切り花は美しかったけれど、ふたりが生きるにはあまりにも力が足りませんでした。
かといって、キャベツの中にいてはゆっくりさなぎになることは出来ません。
あらゆる色を飲み込んで闇となった部屋の中、ふたりは自分たちの背にはない、仲間の羽を思い浮かべました。

「まさかサンジが、あんなにきれいなアゲハになっちまうなんてなあ。」
「ああ、びっくりしたな。」
「黄色い、スゲェ羽だったよな。」
「そうだな。」
「ナミはコムラサキ、青とオレンジがきれいだったんだ。」
「ロビンはたしか、」
「羽の透けたアゲハだった。真っ黒のやつな。」
「似合いだ。」
「ルフィは白い羽してたな。」
「モンシロチョウ。せわしない奴だからな。ぴったりだ。」

「お前は、どうなるんだろうな。」
「さあな。」
「おれはな、お前は緑の羽根してると思う。」
「なんで。」
「キャベツ好きだし、全身緑だし。」
「…お前ェもだよ。」


ちょうちょになった仲間たちは、ずっとふたりに話しかけていたのでした。
あっちにあじさい畑があるよ。
あっちはじきにひまわりが咲くよ。
あさがおの蜜を吸ってきたぜ。
知ってるか?あっちには海があるんだ。



仲間たちが見たという世界を思い浮かべて、小さな声でウソップは呟きました。

「早く、みんなと飛びてェ。」

ゾロはただ、静かに夜の帳を見つめるだけでした。




















夜が、更けてきたのでしょう。
月の光がふわりと、キッチンに入り込んできました。




すると、かたん。
大きな窓が開きました。


「ん?」
二人が窓に目をやると、

「わ」
どすん!
毛むくじゃらのかたまりが、窓から飛び込んできました。
あわててゾロはキャベツの陰に隠れます。
ウソップはゾロの後ろに隠れました。



「いてて…」
頭をさすりながら、その毛むくじゃらはピンクの帽子をかぶりなおします。
キャベツの陰に隠れながら、2匹はそおっと毛むくじゃらを見つめました。

「こんばんは、あおむしくん」
顔を上げた毛むくじゃらは、まあるい大きな目を2匹に向けました。




「・・・なんだお前。」
「おれ、おれはチョッパー。」
まほうつかいなんだ。
そういった毛むくじゃらの頭の上には、ふわふわとそりが浮いていました。
「お月さまから、やってきたんだ。」



チョッパーという毛むくじゃらのまほうつかいは、この街の困っている人を助けるのがしごとでした。

満月の夜 まほうつかいはこの街にやってきて、こっそり魔法を使うのです。
こどもの病気をなおしたり 花を咲かせたり。
黒猫にご飯をあげたり、編みかけのセーターを仕上げたり。
お月さまがまんまるの夜だけは、誰もがしあわせになれるように。


「お前たち、困ってるんだろ。おれ助けるぞ。」
まほうつかいの言葉に、ふたりは顔を見合わせました。
おれたちをたすける。
そんなことが、できるんでしょうか。


「おれ、がんばるぞ!」


じゃあ、とゾロは口を開きました。
「おれたちを、外へ逃がしてくれないか。」

ふたりがさなぎになれるところへ。
ふたりが、ちょうちょになるために。





「お安いごようだぞ。」
そういって、毛むくじゃらのまほうつかいはピンクの帽子をぱんぱんと叩きました。
月の光がすこし、強くなって、ぽうとキャベツを照らしました。




するとどうでしょう。



ふわり。



2匹をのせたキャベツが、空に浮かびました。

「そのまま、飛んでゆけるぞ。」
お月さまが照らすかぎり。

まほうつかいの言葉が終わらぬうちに、ぎゅんと、キャベツは窓を飛び出しました。
「わっ!!」




2匹は、ぐんぐんと遠ざかるまほうつかいを見ました。
ぴょこぴょこと飛び跳ねながら、2匹とキャベツを見送っています。
「ありがとう。」
「ありがとう!いつかお礼に来るからな!」
ふたりの声は届いたのでしょうか。
かすかにどこかの獣の吠える声がしました。




お月さまに見守られて、キャベツは風を切り走ります。
「へぇ、ほんとに飛んでるぞ。」
「・・・高いっ、高いって高いって!!」
ウソップはぎゅうぎゅうと、ゾロの腕にしがみつきました。
ゾロはくすくすと笑いました。



びくびくするウソップも何のその、キャベツはいよいよ高く高く昇ります。



「…みろよ、ウソップ。」
「うわ、すげ・・・」
目の前にあったのは、大きな大きなお月さまでした。
眩しいほど優しいその光を浴びて、キャベツはますます力強く走ってゆきます。
「こんなの、あいつらきっと見たことないぞ。」
「ああ、だろうな。」
「気持ちいいな、ゾロ!」
「さっきまでびびってたくせに。」
「うるせー!」
煌々と照らすお月さまを追いかけながら、ふたりは風の中叫びました。

「いっけェー!!」


風はちいさくささやきました。

さあ、ゆきなさい。
お前たちののぞむところへ。



「なあゾロ、どんなとこに着くかな。」
「さあな。」
「花がいっぱいあるといいな!」
「なんで。」
「ちょうちょになったら、すぐに蜜吸えるだろ。それに、」
「それに?」
「きれいだ。」
蜜がいっぱいの、きれいな花の咲く場所。
きっと、仲間たちもすぐに集まってくれるでしょう。
「そうだな。」
ふたりがちょうちょになって、空を飛ぶとき。
ずっとずっとウソップの、そしてゾロの憧れていたことでした。



「でもさ」
風の中、まぎれるように小さな声は呟きました。
「でも、さなぎの間は、ゾロとはなればなれだな。」

ウソップは、そっとゾロの手を握りました。


ゾロはまっすぐ前を向いたままでした。
けれど少し、つよくウソップの手を握りました。

「一緒にいればいいじゃないか。」
ずっと、いっしょに。


どうやって?
そう問うウソップに
ゾロはそっと、小さな声で耳打ちしました。














「−聞いたことねぇぞ、そんなの。」
「ああ・・・史上初だ。どうだ?」




「それなら、いいな。」

ふたりはへへへっと笑って、まっすぐキャベツの進む先を見つめました。



また飛べないふたりをのせたキャベツは、どの鳥よりも高く早く飛んでゆきます。
小さな二つの影は、いつしかひとつになりました。













その後。
お月さまから来たまほうつかいは、街で流れている不思議な噂を聞きました。

どこかのコスモス畑で
えめらるど色の羽と 瑠璃色の羽のちょうちょが
ひとつのさなぎからかえったという、おはなし。

そしてもうひとつ。
この街に
誰に会いに来たのやら
色とりどりのちょうの群れが 遊びにきたという おはなし。








徒花