ひとひら






雪が舞っている。

ひらひらと。
はらはらと。
白い花びらが舞う。



おだやかな時間だった。

白い空も、標高5000メートルを誇るドラムロックの山頂で感じる 風も同じ。
いよいよ本当に生まれ変わるための礎を得たこのときを、
誰かが見守っているかのように
優しいひとときだった。


船長は、飽きもせずにトナカイを追っ駆け回している。
ゴム腕を伸ばしてはすり抜けられ、呼びかけては逃げられて、
それでもルフィはあの変な生き物に、仲間になれと呼び続けていた。
病人と怪我人と介添は城の中。
手持ち無沙汰に外にいるのは、おれとあと、もう一人だけ。



「よくよくしぶといよな、あいつ。」

ぜいぜいと肩を揺すりながら、影はまた走り始める。
それを眺めて、ころころと雪だまを転がしながらおれは軽く笑ってみた。

返事はかえらなかった。
ちらり伺っても、そいつの目は自分とおんなじように影を追っているんだろう、
おれの視線とかち合うことはなかった。



何にも言わず、何にもせず、ただ走るルフィの背中だけ見ている。
そういえばこいつも、余所見とかあんまりする方じゃなかったと、思い出した。





「しっかし、すげぇよなあ。」

だからおれは話しつづけた。

聞こえなくてもいいことを。


「ワポルっての、あいつがぶっ飛ばしたんだろ?」

こっちを見てるかどうか、そんなのはどうでもいい。
他愛もないつぶやきをちりばめて、言葉は何も持たないように。


「お前はお前で、敵ぶった切っててさ」
みんなが助けたがってた、あのドルトンという男も、優と抱え上げた。

おれはおれで、ただ足掻いて、何もできず。





「かっこいいよなあ。」






「おら。」

低い声がした気がした。
おれは振り向かなかった。

この風に紛れてしまうような、やわらかな声だったから。



「ダルマばっか、見てんじゃねェ。」


何を言う?



「こっち向け。」

お前だろ。
前ばっかり、ルフィの背中ばっかり見てるのは。





そう言ってやろうと振り向いた。

「ふげっ」
飛び込んできたのは、柔らかく冷たい白。
「おし、当たり。」
へへ、と笑いながら、ゾロは次の雪だまをきゅっと握っている。

「やったな、ゾロ!」
そう言うそばから、ゾロはぽこぽこ白い球を放って来た。
甘く見るなよ、狙いに関しちゃ負けねェんだ。
おれは走り回って、ゾロに雪だまをぶつけてやる。
「わ、てめ…」
後ろにまわって、横に逃れて、おれさまの攻撃は続く。
へへ、参ったか。
とどめを刺してやるために、おれは大きく振りかぶった。


こてん
「わぷっ」



広がるのはまた、真っ白の世界。
顔から、ふわふわの雪の中に突っ込んだからだ。
おれに引っかかったのは・・・明らかにあいつのごつい脚。

「ばぁか。」
からかうような声がしたから、ううっと唸りながら振りかえった。

その先にあったのは、笑った顔。
バカにしたような、いつものえらそうな笑い方だと思ったのに
優しくて、やわらかな顔だった。



「お前、ハナ真っ赤。」
どすんとおれの横に、ゾロは腰掛けた。
ひっくり返ったおれを起こそうと、手を伸ばしてくれる。
「うるせぇよ。」
てめぇはハナどころか耳まで真っ赤なくせに。
そうごちて、掴んだ大きな手。
あったかかった。


「ウソップ」
「ん?」
「耳貸せ。」


何だよ、と耳を寄せた。
くいっと、顎をつかまれる。





ゾロの目が見えなくなった。














「トナカイー!」
響く船長の声に、弾かれたように立ち上がった。
作りかけたまま置き去りにされていた雪だるまに、再び手を伸ばした。
ぱふんぱふんと、忙しなくおれはそいつを固めてゆく。



騒いで誤魔化すこともできなかった。
どうして って訊ねることもできなかった。


雪が、ひとひら。

それはつめたくてあたたかな
紅い




雪




風のように 花びらのように舞い降りたそれは?


それさえおれは訊けなかった。



優しいときはしずかに流れてゆく。
ひらひら、はらはら
雪は舞い降りる。




おれの目は、あいつの目はまた、トナカイを追う船長の背を追っていた。









徒花