ああ、何でこんなに風が強ェんだ。
ああ、何でこんなにバスは進まねェんだ。
ああ、何でこんな日に限って、いつまでも電車が来ねェんだ。

とにかく急げ、急げ、いそげ。
急行列車が約束のホームに滑り込んだ時には、おれはもう駆け出していた。



走る、走る。
実はおれさま、ピンチの時にはターボがかけられるのだ。
それが、電車を早く動かす力だったり、
渋滞をすり抜ける技だったり、
風を押しのけてチャリを漕ぐ根性だったりすりゃよかったと、
ついさっきまでは思ってたけれど。


今はもう忘却の彼方、とにかくおれは、この足にターボをかけるのだ。




11時53分、ヤベェ、間に合わねェかも知れねぇ。
さっき電車でメール打っておいて良かったよ。



走る、走る。
ああもうこんな時だってのに、
バカでかいスーパーしかねェこの駅の構内はなぜか改装中。


いつもの3倍ほど大回りをして、おれはようやく見えた階段を駆け登った。




「ゾロ!」





PM 0:00



風に吹かれて、花びらがさあっと天へかけのぼる。
それがふわふわと舞い降りる中で、
街路の桜にもたれかかっていた緑の頭がぬっと動いた。


思わず、立ち止まる。



「遅ェ!」
「ごめんゴメンごめんゴメン」


「テメェが正午の鐘聞きてェっつーから、早めに待ち合わせたのに」
「いろいろあったんだよぅ〜」


散々悪態ついてみせるこの男は、きっと気付いてないんだろう。
睨む前のほんのひととき。

飼い主を見つけた大型犬のように、ふわっと目元が笑んだことなんて。





「大体なんだ、このメール!」

"ゾロ、ちょっと遅れそうだ。Σ(ToT)ガボーン ごめん
いい子でそのまま 待っててネv  動くなよ!!!"

「反省の色がねェ!」
「だってゾロ、この前は勝手にヨーカドー入っちまったもん」

"おれさまはたくさんの敵に出くわしちまったの。ヒーローだから♪"


そうそう、あの時は探すのに20分かかったんだ。
それで温泉はカラスの行水。

「でも今日はお前が全面的に悪いんだからな!」
「ハイハイ、ちゃんと待っててくれたな。いい子いい子。」
「・・・ナメてんのか」

意地っ張りな恋人は、精一杯むくれて見せた。
おれにとっちゃあ、恐いのは今やその目つきだけ。




「ウソップ様がワンカップ買ってやるから、機嫌直せよ。な?」
「安すぎるだろ」
「あと、チューを3回。」
「・・・・・ついでに1回」
「何を?」
「ナニを。」



春は風が少し強いので、盛りの花もあっという間に散らしてしまう。
だから今このときを笑いながら、おれは走る。

「あ、鐘鳴ってる!」
「急ぐぞ」


まずは手を繋ぎませんか。

一緒に走ってゆくために。







徒花