……さて、


どうしたもんか。

いつもよりどうもひとつ二つランクが高い気がする宿屋の一室で。
おれは正座を崩せないまま、困っていた。

どうしろっちゅうんだ。


明日はおれの誕生日。
上陸がうまいことかぶってくれたおかげで、明日は鬼の財務大臣からありがたい特別予算をいただいてご馳走が食える。
プレゼントなんて別にいらない、おれの場合欲しいものがこまごましてて多すぎるから。
5インチのレンチと20センチ糸鋸用の替刃、なんておれの希望、
まあ大雑把なあいつらのこと、買いに行く途中でめんどくさくなって結局食いモンに変わることなんざ火を見るよりも明らかだ。
小遣いためて自分で買う方がずっと確実に違いない。

あ、でも面倒だって意味じゃない、その逆だ。
何をもらっても嬉しいことは分かりきってる。
だっておれには久しくやって来なかった日だ、誰かといっしょの誕生日なんて。
だから、困らせることだけはしたくない。
とにかく仲間の誰にとっても、楽しい時間をすごしたい。

どうしたい、と聞いてきたナミとルフィに、そう答えた。
「それじゃあいつもと一緒ってことか」
「そういうこと」
「あんたのことだから、色々わけの分かんないもの言うかと思ったのに」

まあいいわ、と笑ったナミは、おれのことを実によく理解していると思う。

そして明日は誕生日。
明日のメニューなんかに思いを馳せてウキウキしながら、眠る予定だったんだ。



どうしよ。

おれは馬鹿でかいベッドの上で、脚も崩せないまま困っていた。
目の前の男が手渡してきた、黄色いカードを閉じることも出来ないまま、おれは困っていた。



"ぷれぜんとは すきにしていいぞ"
"明日の待ち合わせ、遅れたら酒とデザート抜きよ よい夜を♪"



クルーたちは、おれの思った以上におれのことをよく理解していたらしい。
ぷれぜんと とやらは、向かいでおれを見据えて目をそらさない。

「…どうしろってんだ…」
「だから好きにしろと、さっきから」
「そういうことじゃねェ…もういい…」

いつもより少しいい宿の、馬鹿でかいベッドの上。
緑の頭にでっかい真っ赤なリボンをつけて、ぷれぜんとはぶすっとおれの前に座って、動かなかった。



「ウソップ」
「……何だよ」
「覚悟はしてきたぞ」
何のだ。
そう突っ込む気力も、おれには残っていない。





いつもより広い部屋、やたらでかい風呂に浮かれて、さあまずは一風呂とすっぽんぽんになって準備万端、
そこにぷれぜんと――ゾロは、やってきた。

驚きのあまり腰を抜かしたおれをものともせず、のしのしとベッドに歩み寄り、いきなりシャツと腹巻を脱ぎ捨てた。
頭のリボンはそのまんま。

そして言ったのだ。

「さあ、いいぞ、好きにしろ」





困った。
非常に困った。
この、物ぐさの癖に仁義は通さないと気がすまないアホを、どうしたものやら。

そう考えはじめて、そろそろ100分を超えそうだ。
悩んでて変わらないなら、動くしかない。
「じゃ、じゃあ酒とおやつを」
「金はない」
回避策その一、あえなく沈没。

「……おれが出すよ、だから外へ」
「わかった。」
お、回避策その二、成功?
「言っとくが」
扉に手をかけて、ぐるり、ぷれぜんとはこう言った。
「今晩はここに泊まるからな」
沈没。


頭にリボンつけてこれから街中歩こうというアホの癖に、どうしておれの迷いだけはよく読みやがる。



その三、その三、散々考えたけど、やっぱり何も出てこない。
戻ってきたゾロとこぷこぷと酒を飲み、ぽそぽそとおやつをつまみ。
そうして何もすることがなくなって、おれはまた困ってしまった。


一番困ったのは……目の前にいるのがゾロだ、ってこと。


「ナミの大バカヤロウ…」
何度目かになるつぶやきに、もうゾロも何も返さない。

これでおれがゾロに対してなーんも思ってなかったら、どうだっただろう?
ゾロのことをほかの仲間みたいに思ってたら、どうだったかなあ?

「ゾロ」
「どうした」
「お前、どうしたい」
「ウソップのして欲しいことがしたい」


問題は。
おれはずっと、ずっとひっそりゾロに好きだったことだ。



きっとナミは知ってた。
ゾロの側にいると、落ち着かねェとってそわそわしながらも、ほっぺたは勝手に上がってる。
気がついたら、ゾロの修行姿をぼんやり眺めちまう。
今度の上陸だってそうだ、本当はいっしょにいたいと思ってた。
たった2時間ばかりでいいから、いっしょに、って。
そんなおれのことを、ナミは知ってたんだ。

マリモ頭のてっぺんで、誘うように揺れる赤いリボンが恨めしい。
「じゃあ一晩、よろしくがんばってくれ」
なんて、冗談めかしたって言えないくらい、おれはこの旅が好きだった。
仲間が好きだった。

……ずっと好きだった。



はふ、とため息をつくと、ゾロの目が少し動いた。


「何を悩んでる」
「ゾロってアホなんだなあって」
「何だとコラ」


だってそうだろう、アホじゃないか。
そんなことして、おれが本当にめちゃくちゃ言ったらどうするつもりだったんだ。
それこそ、
『じゃあ、一晩』
そのあとお前はどう思う?
「おれはお前の気持ちがわかんねェよ」
「あ?」

片眉が、くいっと上がる。

まっすぐに全てを見つめるそのきれいな目を背けられたら、きっとおれは立ち上がれない。
そう改めて思いながら、やはりきれいなままの目をぼんやりと見返した。
乗っかった色は、


"お前はアホか"





何だと???

目ン玉もう一度かっ開いて、じっとじっと見つめなおす。


ふう、とあきれたように息をついたのは、今度はゾロだった。





「さっきからずっと言ってんだろが。」

ウソップが して欲しいことを、してやりたいって。
そう言いながら。

「お前の気持ちなんて知らねェからな、おれごと全部、テメェにくれてやる」

そんとき、初めてゾロの頬が赤くなった。





そうしておれは思い出した。
初めての気持ち、しかも男への気持ちに大いにうろたえていたおれは
ゾロがどうか、なんて 考える余裕もなかったことに。

なんだ。
おれもアホだったんじゃないか。



「これはまたベタな…」
「お前、人が必死で」
「それじゃあまあ、まずはだな」
「おう」

「目、つぶれ」





鋭い目が閉ざされて、おれは漸くくしゃりと顔をゆがめることが出来た。



困ったなあ、もう一度そう笑いながら。
夜が始まる。







徒花