「あー、食った食った」
「ふふ」
「今日のはまた飛びっきりにおいしかったわ、サーモンがすっごく柔らかくて」
「そうね、オリーブにとてもよく合っていて」
「それにあのワインも。深くて渋いのに、ふわっとするの」
「付け合せ、コックさんとっておきのチーズだったらしいわよ」
「へぇ、そうなんだ!」
「さすが、特別な日だけあるわね」
「そんでさ、ラストのフルーツアイスクリーム!あーもう舌がとろけるかと思っちゃった」
「そうね、みずみずしくて。」
「でね、そういうデザートは、またこういうフィニッシュによくあう訳よ。」
「あら、また飲むの?」
「当たり前じゃない、私の誕生日なのよ。ほら、ロビンも!」
「ふふ、ご相伴に預かるわ」
「サンジ君もよくやるわね、きっとお酒も食料もすっからかんよ」
「今度の航海は短いって、ちゃんと聞いてたのね」

ことん、とグラスの音。紅いカクテルが揺れる。


「でもさぁ、全くやってらんないと思わない?」
「何が?」
「だって、こんなきれいどころ二人もつかまえて、むっさい男連中と、あんなむっさいパーティーなんて」
「ふふ、楽しかったわ」
「楽しかないわよ!あのゴムったら、主役の私へのプレゼントが、よりにもよって鼻にワリバシ突っ込んだ踊りだなんて、ネタがないにも程があるわ」
「あら、大笑いしてたじゃない」
「あれはあれ、これはこれ!」
「そう。ふふふ」
「これからもきっと、あいつらのあのペースに巻き込まれていくんだわ・・・華の18なのに」
「まあまあ、折角のお祝いの夜よ。はい、チーズの残り」
「ん、ありがと」

チィン、と重なるグラス。

「大体ねェ、この船には色気が足りなすぎるのよ。」
「あら、まだ言うの?」
「残念ね、いくらでも出てくるわ。
奇襲、回避、バカ騒ぎ、奇襲、戦闘、バカ騒ぎ。これがとうとうと続くのよ」
「今日はバカ騒ぎが3ついっぺんに来たって所かしら?」
「よくご存知で」
「どういたしまして。ところでプレゼントは」
「これがチョッパー。アホ踊りともうひとつ、だって」
「あら、本なのね。船医さんらしいわ」
「中身も相当な医者っぷりよ」

ぱたん。淡いピンクの装丁、リボンのかかった愛らしい小さな本。
表紙に金の文字。

"母と子の仕組み―初潮から出産まで―" 


「・・・えっと、これは、何て言えばいいのかしら」
「せめてぬいぐるみらしく 可愛い絵本にしてほしかったわ・・・」
「あら、メッセージ。
 "いいおかあさんになるのは大変なことなんだぞ ちゃんとしっかり勉強しろよ"」
「大きなお世話よ」
「長鼻くんは確か、ヘアクリップだったわね」

ことん。
ちりばめられたガラス、穏やかな色で舞う蝶、揺れる花。
「へへ、これはちょっと可愛いわよね」
「オレンジ色の髪にバイオレット、なかなか面白い組み合わせだわ」
「『嬉しい、ありがとう』って言ったらあいつ、クソ真面目な顔してさ。
"追加発注は材料費とともに"って釘刺されちゃった」
「あら、お利口になったのね」
「悔しいから、これからもいっぱい作らせてやるの。へへ」


こくん、喉をゆく酒。
「コックさんは確か、バラの香水だったわね?とっても可愛いボトルの」
「ん、甘いのに爽やかで好きよ。でもなあ・・・」
「でも?」
「あたしが美人でいるには、サンジ君の作る料理はおいしすぎるの、どこまでも食べられちゃうの!
香水ひとつでどうにかなるもんじゃないのよこれが。」
「あら、いいじゃないの、若いんだから。」
「よくないわよ、全く。あたしがこの船に乗って何キロ太ったかわかる?ブラのカップいくつあがったかわかる?」
「大変ね。」
「ロビンだってこのままじゃ着られる服、なくなっちゃうかもよ」
「ふふ、気をつけるわ。」

間。
静かに黒髪を見つめる とび色のひとみ。

「なあに、どうしたの?」
「・・・腹の出たロビン、足の太いロビン、二重アゴのロビン・・・なんて、ちょっと有り得ないわね。」
「・・・気をつけるわ。」


こくん、また一献。沁み込む。
「あー、もう、それにしてもまたゾロと来たら!」
「あら、剣士さん?」
「あいつが今夜のワーストよ。」
「どうかしたの?」
「あたしの、あたしのためのパーティーなのに、あたしのそばの酒ばっかり睨んでくるし、何っつったってプレゼントなんて用意してないって言うし。
しょうがないからマッサージ頼んだのよ、あいつ鍛えこんでるからきっとそういうの上手いだろうと思ってね。
そしたら、なんて言ったと思う?」
「さあ」
「"ろくに筋肉もねェ、脂肪のかたまりなんか揉む気がしねェ"だって!」
「くっ、あははは!」
「テメェと比べんなっつーの!」
「それはもっともね。
けれどほら、あの人は言葉が足りないから、本当はもっと違う意味なのかも知れないわ。」
「えーっ、どんなよ?」
「"女の子は柔らかくて、壊してしまいそうだから さわれない"」
「あっはははは、有り得ないわよ!ゾロなのに。」
「ふふふ、そんなに有り得ないかしら?」
「うん、二重アゴのロビンとおんなじくらい」
ごくん、ことり。





「そんな色気のない連中に囲まれて、わあわあ毎日大騒ぎ。
こんな可愛いあたしなのにろくに恋ひとつないままに、今日も元気に海の真ん中一直線よ
・・・何よ、楽しそうね。」
「ふふ、楽しいわ」
「何で」



「あなたが幸せだから。」





ぐしゃり、歪むとび色のひとみ。
「えー、どうかなぁ?」
「ええ、あなたは幸せよ。」


「・・・何で?
ロビン。
何でそう思う?」


「愛されているもの。
愉快な彼らに、そしてきっと、
どこかにいるんだろう、素敵な家族に。・・・まあ、それは想像だけれど。
だからいつも、航海士さんは」

ことん。
「とても、楽しそうだわ。」





ランプの灯、カクテルの赤、二つゆらり揺れる。


「違うわ、ロビン。」
「え?」
「残念ね、それ逆。」
「何が」
「愛されてるからじゃないわ。」
からん。
「あたしが幸せなのは、あたしが好かれてるからじゃない。」
ふわり、とび色の目。
緩む。






「あたしが、好きだから。」


こくり。滑ってゆくジャック・ローズ、豊かな甘味。



「あのね、ロビン」
「?」
「あたし今、好きなものがたくさんあるの。」
「そう。」
「かわいい船に、部屋中の宝、溢れるほどたくさんの本に、大事な人の思い出」
ことん グラスは卓上。
「おいしいご飯に、甘いおやつに、とびっきりのお酒」
かしん
タクトが3本。
「家族の笑顔、むさくてうるさい馬鹿共の笑い声、それに自由。」
かしん、かしん
「守り、一人で立つための武器
船を行く風、翻る旗
青い海。


私はね、今、目の前にある全てが好きで好きでたまらないの

そして私は欲張りだから
もっと好きなものをさがして、好きなものを極めて、ここにいる。そんなところよ」




夜の波にゆれる グラス半分のうっとりと甘い赤。

「愛されるかどうかなんて、どうだっていいわ。私次第だもの。そんなもんよ。」
「・・・素敵ね。」
「って言っても、気付いたのはあたしもつい最近。そんなもんよ。」


ゆったりと流れる夜。






「ねェ、ロビン」
かしん、かしん 
タクトは3本。


「あんたは、幸せ?」




間。


「・・・くると思った。」




こくりとも、喉は鳴らない。
ただじっと見つめるとび色のひとみ。


「そうね」
ことり。
「愛しいものは、増えたかもしれないわ」



「そりゃ、よかったわ。」
「ここには、純粋で無邪気なものが多すぎるから」
「・・・純粋の意味をちょっと疑うわ」
「うふふ」






それは、見たことがないはずのもの。もしくはどこか懐かしいもの。
例えば、あらしの中だれよりも強く船を導き、だれよりも温かく船乗りに添う、海の女神とか。
そんな眩しいもの。




「さあ、もう遅いわ」
「これで最後よ・・・ってロビン、何であたしのグラスに手ェ咲かせてるのよ」
「ふふ、飲みすぎないためのおまじない」
「飲みすぎたりしないもん」
「私は先に眠るわ」


背を向けて、手はグラスを返す。
ジャック・ローズの赤に、ことり、紅がひとつ紛れるように沈む。


「お休みなさい、航海士さん」



ランプがひとつ消える。





「おやすみ、ロビン」








沈む ただの赤い、紅い石。

"どう使うかは、あなた次第よ。"


自由を 全てを愛する 海の女神さま。
あなたに、その眩しい道に。