回帰



うれしくて うれしくて うれしくて
ただうれしくて おれは笑った
ただうれしいと からだが叫んでいた



それぞれの旅支度を始めた、恩人の海賊達が手を振っていた。
「     」
珍しく声が出なかった。
こんな日もあるもんだなあ、青い空を見ながらおれはでれんと寝そべっている。
「お前さんたちも、気をつけてな」
まあ、おれの言いたかったことは伝わったらしい。だからいいや。
寝そべったまま、おれは笑った。



そろそろ時間ね、船へ戻りましょうとナミの声がした。
「     」
声は出なかった。
やれやれ、また冒険が始まるってのに、こりゃちょっと困るなと首をかしげる。
「大丈夫だ、あの海賊達がちゃんと手当してくれたから、すぐ冒険できるようになるぞ」
まあ、ちょっと返事にゃなってねェけど、悪い知らせじゃねェ、これでもいいや。
包帯を取り替える蹄に、おれは笑った。



腹減ったな、今朝は何食うかってウソップが聞いてきた。
「     」
声は出なかった。
いや待て、おれは戦ったんだ、絶対食わしてくれなきゃ困ると、岩の地面を何度も殴る。
「ふふ、大丈夫よ、コックさんがけが人に優しくておいしい料理を作ってくれるわ」
そんなことより肉が欲しい、そんなおれの声はきっと充分届いてる、それならいいや。
傷を撫でる指に、おれは笑った。




で、何でテメェはこんなめちゃくちゃな怪我してんだよ。
サンジの呆れる声がした。

「     」
声がでない。

じろりと広がる煙をにらんで、口を動かしてみた。
「・・・ま、声が出ねェならしょうがねェか。」
ふうとついた溜息は、全然返事になってない。
おれの声が、届かない。





「どうした、ルフィ?」
覗き込む顔のうしろ、空があっという間に暗くなってゆく。
それは夜が始まったせいなんかじゃない。
それはついさっき見た世界。
声は出ない。



何があった?


そんなの、おれが聞きてェよ。






気付けばナミはウソップを何処までも避けていた。
ウソップはその隙に帽子だけ残して消えた。
どっちが変なんだ
気付けばサンジは随分思い詰めてゾロをにらんでいた。
ゾロはろくに言葉も返さずただ冷たく突き放した。
どっちも変なんだ
気付けばロビンは森の中へ消えていった。
チョッパーはいつまで待っても帰ってこなかった。
誰が変なんだ
何が変なんだ

何があったんだ


おれは前を向いて走っていたし、仲間はいつも隣で走っていた。
おれが引っ張る後ろから七つの色してひろがる道、それがおれ達の走ってきた道だ。
けれどあの暗闇の中、振り向けば六つの色がはらはらとこぼれ出し、ねじれてゆきはなれてゆく。

どこが変なんだ
何があったんだ



少しずつずれてゆくあいつらの気持ちの轍
けれどおれはそのまま 走ることをやめなかった。
どこもが変なんだ
何があったんだ
そう叫びながらおれは走り続けた。





だから、声がしたんだ。





「・・・ねえ、ウソップ」
「ゴメン!」
「え」
「酷いこといった。何でかな、カっときたんだ。」
「そんな、あたしだって」
二人の謝る声がした。
「     」
声は出なかった。
けれど二人は謝り、笑い、きっとまた一緒に船に乗る。それでいいんだ。
紅くなった二人のほおを見て、おれは笑った。



「おら、」
ぎゅ。
みあげるとサンジが、ジャケットの中から取り出した帽子を、ウソップの頭にかぶせてた。
「もうおいそれと失くすんじゃねェぞ、めんどくせぇ」
「・・・ヘへ、ありがと、サンジ!」
「おら、マリモ、酒やるからそいつ運んで来い」
「・・・吟醸寄越せ」
「あァ?んなモンテメェが飲み干してとっくにねェよ!」
「ハァ?使えねェコックだな、こんのクソハテナマユゲ!」
「がァ!テメェはおとなしくどぶろくでも飲んでろ、つまみはテメェの頭でいいなミトコンドリア!」
マシンガンのような悪口の波が戻ってくる。
「     」
声は出ない。
けれど
「おう、ゴム船長が腹減ったとさ、とっとと担げ、アホマリモ」
「まともな酒ひとつ出せねェクソコックに命令される憶えはねェな」
「「やんのかオラ」」
「もー、やめろよぅー、ケガ人いるんだぞっ」
「ふふ、相変わらずね」
ああ、そういうことだ。それが聞きたかったんだ。
ぶつかり合う拳を見つめ、おれは笑った。




「なあルフィ、今度はどんな島かなあ?」
「ログの巡りで行くならきっと春島ね、ほらここ、この島、えーと」
「あら航海士さん、ここは花と香料で有名なところよ、楽しみだわ」
「ああん二人ともぉ、それ以上きれいになったら僕困るなぁハハァ〜〜v」
「なあなあ、そこ行ったら何する?」
「酒蔵めぐり」
「お前ほんっとそればっかりだな、冒険しようぜ、なあルフィ?」
「冒険!どんな冒険だ、ウソップ?」
「へへー、よく聞いてくれたチョッパー、実はその島はおれさまが5年前に・・・」
今確かに、仲間達の声が聞こえている。
「     」
声は出なかった。

けれど。

呑まれてもなお おれのことを呼んでくれた仲間たちが今、笑っている。
それだけでおれは、全てをこの腕に抱えて走り続けることができるんだから、それがいいや。
ゾロの背中に揺られながら、おれは笑った。





「どうした、船長」
ゾロの声に、返事はしなかった。
背中越しに見える海はおれの大好きな青へと戻ってゆく。
仲間達の声が響いていた。
それがただうれしくて、おれは笑っていた。





ぎしぎしと悲鳴をあげながら、おれの身体は笑っていた。
ただうれしくて、おれは笑っていた。