手紙



‐傷と抱擁‐








一番さいごに嘘をついたのは誰だったんだろうね。




元気になったね、と村の人たちはよく言ってくれる。
ええもうすっかり、と私も返す。
おちびさん達がにこにこと私についてまわる。
私もにこにこと微笑み返す。


元気になった 立ち直った
本当にそのとおり。
だってそうなりたいと、本当に願ったんだもの。
私を守ってくれた 彼に負けないように。



そこに嘘などないはずだった。





だったんだけれど。



夕暮れ
家に戻り、扉を開く。
まっくらな自分の部屋で、ひとり。
そうして気付いてしまう。




「クラハドール」




消えても私をとらえる傷に。
忘れることなどできない傷に。





夜はいつも同じ夢を見る。
あの人が笑っている。
笑いながら私を切り裂いていく。
目は覚めて、けれど私の身体は動かない。


そうして気付いてしまう。
突きつけられた本当のことに。





私はあれから嘘を吐き続けている。










彼が好きだった海岸は、すっかり私の居場所になった。
彼とちょっと違うのは、
家族のように大好きな人が時々ここにやってくること。
そんな人たちと穏やかな話をする。
嘘吐きな私の、それは刹那の慰めだった。



南風のやさしいある日、たたずむ私にお客が来た。
ひとりの部屋 あの人の影があまりに強くて
もつれる脚で飛び出した日だった。


三羽の鴎。
ふうふうといいながら、私の足元に包みを置いた。
長旅を経たんだろう、それは随分と黒ずんでいた。

結わえた紐をそっと解いた。





   「よ、ずいぶん顔色悪いじゃねえか。」









そこには、嘘を知らない私が、笑っていた。



明るくて、穏やかな色。
やわらかく描かれた私は ほんとうに 心から 笑っていた。



笑っていた。





「う」
本当は、嘘なんかつきたくなかった。

「あ、」
行かないでって、子どもみたいに泣きたかった。

「ああ、」
あなたがいなくて、こんなにもさみしいとぶちまけたかった。



「ああ…」
誰よりも、誰よりも大好きですと、伝えてしまいたかった。







ながくながく 哭する



笑う私を両手で抱いて、私は声を上げて泣いた。
ほんとうの笑顔に、つきつづけた嘘はあまりにも哀しかったから。
けれどほんの少し、つきつづけた嘘が報われたから。





ずいぶんとしてから、すみっこにおかしくデフォルメされた彼を見つけた。
きっとサインのつもりなんだろう。
それでいて、あまりにも彼にそっくりで、私は声を立てて笑った。


 包みの中あったもう一枚のキャンバスには、元気なおちびさんが3人。
あたたかい色ではしゃぐすみっこには、やっぱり彼がいる。
 私たちを包んでくれた黒ずんだ紙の裏には、これまたたくさんのスケッチ。
村を守ってくれた3人と、あとは知らない人が何人か。
彼らも、まぶしいほどに笑っていた。


 「また行くぞ!」
 「強くなったらな」
 「元気なときに また会おう」
 「カヤちゃん、初めまして。今度ディナーをごちそうするね」
 「おれ、この船の医者なんだ。よろしく。」


そして、やぶけそうなすみっこに、
 「みんなこのとおり、相変わらずバカで元気です。」
おかしな彼が添えられていた。

私はまた、声を立てて笑った。

一片の嘘もなく、笑った。

彼がくれた私と同じように。




もし またいつか
旅に出るといったなら、今度は嘘なんかつかないよ。
船の上、隣で笑えるくらい、私は元気になるんだから。










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カヤ嬢。
ほんとはとても強い子だと思います。