ムーヴメント




ぱちん。
グレイのセルロイドの庇を照らす電球の光が消えた。
かすかに漂う暖かな色の名残が、かたかたかた、と鳴きながら伸びてきたライトに紛れてゆく。


汚れた白い幕の上で、赤茶色が踊る。




「どうだ、新作は」

ぱちん、と再び電球がともされた先に、にゅっと長い陰が伸びた。

「悪くねェ」

パイプに灯を点け、存分に肺を満たして、おれは答えた。






黒ずんだ木片に、活動写真館という文字が奇妙に躍りながらへばり付いている。
七色に広がるテントも張り巡らされた三角の小旗の群れもすっかり色褪せてしまっていた。

「せめてスクリィンくらい替えたらどうだ」
「はは、そうだなあ」
振り返ると、どこかのキッチンで見たランプが何も言わず座っていた。
へら、と笑う長い鼻の後ろには、どこかで見た奇妙な仮面が傾いていた。

「あと後ろの黒い幕」
「ああ、そうだな」
樽の形したジョッキに酒を注ぐ。潮の香りによく馴染む安ラムがふわり漂った。

「替える気もねェくせに」
「知ってるくせに」


ニヤリ、笑って。
肩たたいて、笑った。

海賊王は逃げまわっている。
考古学者は逃げまわっている。
大剣豪は彷徨っている。
おれは、ここにいる。


「もっかい映せよ、可憐なナミさんとビビちゃんとロビンちゃんが見たい」
「そんなにエロいからハゲたんだ、お前ェは」

かたかたかた。
時折不規則にリズムを緩めながら、映写機が鳴る。
いつかどこかの海でこの男が描いた絵。
いつかどこかの海でこいつの作った変な器械で撮った写真、動く写真。
それらを気ままにつなぎ合わせて、おれたちは笑う。
いつか確かにこの木の上で、このマストをはためかせ、この黒い旗掲げて進んだ者たちが走る、跳ね回る。
笑っている。



医者は飛びまわっている。
世界地図を手に女神は、逃げ回っているか。
どこの海を?
そんなのは誰も知らないことだ。



活動写真館の主が再び全てを抱いて海へ発つまでのほんのひととき、薄暗いテントの中には太陽がいるのだとおれは思う。
赤茶けた画面に輝く海が眩しくて、他にはもう何も見えないからだ。