砂の標



‐傷と抱擁‐






さあ、表へ行きましょう。
ほら、仕事の手も止めて。
ああすまん、ちょっと待ってくれないか。


街の人々がざわめき始める刻。
私も静かにバルコニーへ出る。

穴掘り人夫も、手を止めて首都を眺めやる。
もちろん、手伝うおれも。



ああ、今日は西風。
ふわり掠める砂は幾分湿気を帯びていた。
暫くぶりのその匂いに、誰もが頬を少し緩めている。
ひょっとしたら。
ええ、きっと今日は。
交わされる声に満ちるおだやかなよろこび。

それらがひとつ、またひとつ重なって 少しにぎやかになったころ。

ざわめきは、
刹那 凪とひく。





時は正午。


今この大地をゆくのは 砂を巻き上げる風と 低く重い鐘の音だ。









手を組んで静かに祈る。
何度も名を呼びながら祈る。
隣に生きる家族と肩を抱き合って祈る。


私は
仲間から受けた絆という腕
あたたかいそれへ頭を垂れて
失われたものたちを思い出して祈る。

おれは
戦いを導いたものとして
そのさなか倒れたものたちを
倒してしまったものたちを 忘れることなく祈る。



国は 
流されてしまった血を 
人を失った その傷を 
決して癒やすことなく祈る。

祈る。





先にあるのは 贖いではない。
感謝ではない。
神ではない。
血の滲みた 砂の大地があるだけだ。
この国は
人々は
わたしは おれは
それぞれに 大地に祈る。







さらさらと注ぐ霧雨の中、
鐘はこの地で鳴り響く。



響き続ける。


失われた数多の命 一つ一つの名を その鐘の音が紡ぎ終えたとしても。
この地の雨が枯れぬ限り。
この地の砂が散らぬ限り。