18.月(危険の訪れを暗示して月に吠える犬と狼)・・・不安・曖昧・胸騒ぎ



「ロビンちゃん、お夜食だよ」
「ありがとう・・・あら、ココット」
「サンドイッチだけじゃ、あったまんないだろ」
「そうね、ありがとう。コックさんももう寝た方がいいわ」
「でも、レディに一人で不夜番なんて」
「大丈夫よ」
そう言って、夜食のトレイを受け取ってから優しいコックさんを見張り台から下ろす。
星の見えない夜、月の光は薄い雲の隙間からぼんやりと満ちて海賊旗を照らしている。
ふわ、ふわと打つ波に揺らされなびく旗。
折角の上陸だったというのに今夜は誰も街で夜を過ごそうとはしない。


葡萄畑の広がる呑気な村。気さくな島だと思っていた。
村人の顔に嘘はなかった。
島一番の酒場ではさまざまなワインとそれによく合う料理、陽気な音楽。
けれど夜の顔がもうひとつあったらしい。


「今日も海賊が引っ掛かったぞ」
「夜警団か、やってくれるなぁ」
「ああ、今女を締め上げてるって」
「よかった、これで今月も黒字だ」


立ち上がったのは5人、船番として残っていたのが狙撃手ひとり。
無邪気で正直な子供の言葉から割り出した村はずれの地下壕に向かい、腕を咲かせて鍵を開けた。



腕についた瞳が見たのは、何人かの見張りの男と
赤い痣がいくつもついた少女の腕。



「ロビン、どうだ」
「鍵は開けたわ、後はあなたたちで片付けて」
「おい、どこへ」



一人、その場を離れて走り出した。
月に照らされて光る刃が見えた。
その持ち主の顔も。



黒い旗を掲げた船に夜襲をかけて得る宝と懸賞金が村のもうひとつの顔だった。
夜襲組織の首謀者と数人をいつか私が壊滅させた組織で見かけた。
彼らはわたしの顔を覚えていただろうかと思い巡らすももう確認の術もない。




船上に残っていた敵は全てわたしが片をつけた。




夜が更けてゆく。
抱えられ戻ってきた航海士は、そのまま出航の指示を出した。
島が消え、水平線になるまで船は進み続けた。
あんな奴らに隙を見せるなんてと彼女は自分を責めながら船を進めた。
船を守れなかった私に殺めさせたと彼は泣きながら傷を負いながら操舵した。
さらわれた彼女の悔しさに、船に横たわる傷だらけの彼に、彼らは唇をかみ締めて
それでも力ずくで船を進めた。


短すぎる滞在。
あの島の記録は溜まっていない、もうどこにも進みようがない。
静かに波だけが打ち寄せる。
ココット皿で溶けるチーズはやさしい味がした。
入れてもらったコーヒーは深みのある味だった。
月がぼんやりと光っていた。
長くついた溜息が少しずつ私の心をほぐしてゆく。




手を、6つ。
ぽんぽんと撫でた。
キッチンに横たえられた傷だらけの彼をその彼の介抱でやっと心やすんだ彼女を
ふたりのそばに寄り添う船医をそのそばで眠る長と戦士を
やっぱり眠ることの出来ないマスト下の優しい人を
一人ひとりを撫でた。




静けさだけが救いの夜。
この手に沁みた血は消える訳がないとわかってはいても。