あんまり貴方が笑うから、私は何も言えなくなって
あんまり貴方が笑うから、私も笑えるような気がした。


「ラル、」

呼んだのは山本だった。
ラルと呼ばれた女性は芝生に座り、声の主を振り返る。
長い年月(いや、一生を考えたなら短いのかもしれない)
を経て、色んなことが大きく変わった。

女…ラルの同胞はほとんどが死に、それがラルに大きな影響を与え、
昔以上に沢山の念いに捕われることになった。
山本は普通の日常ではなくマフィアの道を選び、危険なこともこなすようになった。
幼さの残る彼はもういない。ただいるのは昔の面影を残した精悍な青年だった。

一方で変わらなかったのは、頑ななラルの意志と、
山本の仲間を思う心、まっすぐな性格、それに笑顔だった。

まっすぐな。


「よっ!待ったか?」

ラルの隣にすわった山本は、そう気さくに声をかける。
ラルは一言、「問題ない。」と告げたきり、限りなく広い夜空を仰いだ。
輝く星々。今日は快晴で、雲もすくないため、はっきりと目に映る。

「きれいだな」

そう言ったのは同じように星を見上げた山本だ。
同じことをラルは言おうとしていたために、少し驚き「ああ。」と答えた。

素っ気ないのかもしれない。
ラルは自覚しながらも、山本を…大切に思いながらも、しかし…それを直せないでいた。
もう張り付いてしまったのかもしれない、この偽りのマスクは呪いのようだ。
剥がせないまま、無感情にみせる読み取らせないこの鎧は、いつになったら脱げるのだろう…。

ただ山本はそんなラルを理解していて、短い言葉の節々に宿る優しさを見逃さない。
ラルにとって一緒にいることが苦ではない人物だった。
むしろ心地よいとさえ感じていたのは、当たり前なのかもしれない。

山本は笑っていた。


「こんな風にいっつも平和なら、俺達も複雑に色々考えたりしなくてすむのにな」

その言葉には"平穏でない日常を選んだことへの"後悔"は一欠けらも交じってはいない。
目線は空に向けたまま。
ラルは山本の方をみて、(つくづくマフィアに向かない男だ、)と思う。
向かないというよりマフィアらしくないと言うのが正しいだろうか。
山本らしい、言葉だった。色んな気持ちの入交が感じられるけれど。


「ラル」

何度目になるかわからない、名前を呼ぶ声は。
山本から発せられていて。

そんな、複雑な心を抱えながら。名前を呼ぶ彼は笑顔で笑顔で。

空を、仰ぎながら。ラルも心の中では笑っていた。
まだ、今は綺麗に笑うことなんてできないけれど、気持ちはあたたかくて


ラルは山本の笑顔が好きだった。
どうにも好きで、それは山本の真っ直ぐさを映しているからなのだろうと、この間気付いた。
どんな時も明るくて笑みを絶やさないのは
並大抵のことではない、とラルは知っている。
だからこそ好きなのだろう。だからこそ愛しいのだろう。消したくない、と強く願う。
山本が笑うから救われる自分が確かにいるのだ。


やさしい微笑みを、みせて。
あまりにも、みせられて。
もっと見たくて。

ラルは山本を見据えた。
その顔には僅かな微笑が宿っていた。




















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山本ならば、悲しいラルの心も癒してくれそうな気がします。


『いつからだろう。感情を僅かながら見せてくれるようになったのは』

執筆 07/04/14 UP 07/04/29