ふと気付いたら、日付が変わっていた。
10月10日、たぶん今日はヴァリアー総出でお祝いだろう。
だから、こうゆっくり二人でいられるのも今しかない。
何かを言うならこのタイミングだ、それはわかってはいても、
俺の言葉なんかを此奴が欲しいとは思えなくて、
眠るのを起こす理由もなく、俺は静かに、穏やかな時間を過ごしていた。


当たり前のように呼びつけられ
当たり前のように、殴られて
当たり前のように、口付けて

なんら変わらない日常。俺とボスの日常。
昨日も同じだった。
ただ、キスだけは
噛みつくようでいて、甘ったるいものだったけれど。


珍しく目の前で眠る此奴。
いつもは俺が先寝ていて、起きるのも後で、寝顔をみることなんてない。
眉間によっている皺はマシになり、幾分か穏やかそうにみえる。
しかしヘタなことをすると起きてしまうだろう。

だから俺は大人しく、腕の中に収まっていた。
抱き心地なんていいわけないのに、普段は背を向けているくせに
何故だか抱きしめてきた、此奴の中に。



「…ザンザス」

返事はない。
眠っているのだ。


けれどだからこそ、だからこそ言えることが沢山ある。
思えば言葉で表しているのは、大抵此奴が聞いていないときだったような気がする。

「好きだぜぇ、愛してる」

恐る恐る腕を伸ばして抱きしめ返す片手。
もう片方は髪を撫でた。左手なので感覚はわからない。
でも切なくはないし虚しくもない。この腕は此奴に捧げたのだから。


「あんたに惚れて」
「ずっと追っかけて」

「――もうすぐ10年だぁ」

ゆっくりと、紡ぐ、言葉。

長いなぁ
でも、短いなぁ

きちんと一緒にこの日を祝えたのは少ないけれど
俺は毎回、感謝してたんだぜぇ、なんて。
静かな呟きは吐息に溶けて
あっと言う間に消えていった。


「どうすればいい

俺の全部はもうお前のだから、あげられるもんが何もねぇ」


左手だけじゃない。
すべてを
自分の持ちえるすべてのものは
いる、いらないに関わらず
捧げてしまった

だから俺をどう扱おうと勝手だし、優しくしろなんて言うつもりもなくて、
お世辞にも俺は従順なんかじゃないけれど

ただ、これだけは言える


「生まれてきてくれて、ありがとなぁ」


もし此奴が生を憎んでいたとしても。
俺は会えてよかった、よかったんだ。


「信じるも信じないも勝手だぁ。でも俺は」


「誰より、あんたを」


その先は、言えないまま。
気がつけば漆黒に彩られた世界。














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眠っている時くらい甘い言葉を言わせてみたかったんです。
という、誕生日なのにボスが話さないお話でした。
スクをかくときいつも難しいというか悩むところは
反抗と忠誠の割合だったりします


『僅かな時間、思うまま素直になって』

執筆 07/10/10 UP 07/10/11