此奴の行動に驚くのは比較的多くて、
驚くこと自体に慣れてしまっているような俺なのだが、
やはり目を見開くような、本当に珍しい事態も時折はあるものだ。
例えば今日このときなど、ここ数ヶ月で一番の…
いや、もっとかもしれない…そんな驚きに見舞われていた。

こんな風に盛大に驚いた理由はと言うと、
1にこれが初めての体験だった、というのが挙げられる。
結構な付き合いだが、彼奴がこんなことをしたのは初めてだった。
柄にもなく優しい。もっと思い切り引けばいいのに。

2には、俺にとって喜ばしい行動だったということ。

驚かされることは数あれど、大概は嫌なことばかりなのだ。
突然殴られるなんて日常茶飯事だし、かかと落としをくらったり、
時には食べ物や異物を突っ込まれ(どこ、とはあえて言わないが)多くはそんなもの。
だから嬉しい驚きとはそれだけでもとの要素を増幅させる効果がある。

そして最後に、俺が何もいわずに黙って従って、
口元には笑みまで浮かべてしまっている事実…これが一番滑稽だ。

自分にはこんな反応もできたのか、なんて思い、でもその状態から抜けられない。
何故って幸せだからに決まってる。人の未来をいくつも奪っておいて…などと
自分を責めるようなタマじゃないので、素直に幸せは感じておく。
ただやっぱり、喜んでしまっている自分が一番可笑しく、
そのくせ仕方ねぇ、なんて肯定している自分も確かに存在しているので、
何というか、矛盾である。

この感覚は嫌いじゃないのと、自分も此奴も矛盾だらけなのでさほど問題はないのだが、
やっぱり結論を言うと彼奴の行為は驚くべきことだった。
それだけのためにこれほど深く、若干弱い脳を駆使してしまうほどの。


「ボ……ザンザス。」

何時からか決まりになった、二人の時は名前で呼ぶこと。
それにうっかり反しかけ、言い直した。
きっと此奴は気づいただろうけれど、今日は殴られない気がする。単なる予感だ。
俺は超直感などという高等なものは持ち合わせていないし、
能力自体には感心するが特に欲しいとも思わない。
それを補えるだけの反射やなんやらは一応備えているつもりだ。だから要らない。
けど此奴にはある。これはなんらおかしいことではない。
そして予感は当たったらしく、殴られることはなかった。
ただ腕の力だけが少し強まって、きゅ、としめただけで。


「……。」
「どうしたんだぁ?」

それに対しての返事は特にない。
自分も最初からそう問い詰めるつもりもなかったのでそれ以上聞かない。
ただ抱きしめられて動かしづらかった手を一生懸命自由にして、ザンザスの背中に回した。

髪を弄っていた手が一瞬止まる。
何か思うところがあったらしい。
ぽんぽん、とあやすように緩く叩いたら、頭を掴まれて少し距離が離れた。
目が合うと朱に染まる世界
はっきり言うとこの眼は苦手で、且つ好ましい部分だ。
良くも悪くも捕らえられて逃げられない。きっと此奴は知ってる。
知っていて真っ直ぐに見るのか、それはわからないが。

「……ザ」
「黙ってろ」

有無を言わさぬ一言に押し黙れば口付け。

苦しい、という僅かな意思表示からまだ経ってやっと離れた。息が整わない。
滑稽なのか独特の笑みで此奴は笑い、自分は少し睨むことでしか返せない。
ただなんだかいつもより、随分と機嫌が良さそうだ。
それだけでまた笑ってしまう自分は相当イカレてると思うけれど、まぁそれは隅にやっておく。

わざわざ今日この日に水を差す必要もないだろう。
またとない穏やかな時間だ、存分に味わおうじゃないか。

とりあえず仕返しとばかりに唇に触れて、隙だらけだぜぇ、と言う代わりにニヤリ。
押し倒してきたボス様は、心底楽しそうで、自分も中々に愉快な気分だった。


「昼寝でもするかぁ?」
「悪くねぇな」


きっと明日からはまたいつも通り
殺伐とした自分たちに周りの環境が、変わることはないだろう。


「じゃあ、決まりだぁ」


それでもたまにはこんな日も、良いのではないかと思うのである。





















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始めは確かほのぼのを目指していたのだけれど、なんだか路線が変わったような。
ザンとスクが二人で一緒にいるのが好きです。CPでもなんでも。

『先の見えない明日より、今を生きていたい』

執筆 07/12/17 UP 07/12/17