andante -唄う花- 番外/陰に日向に
我々は第五警護隊。 通称、蓮様お守りしますの会。 我々は要人警護のスペシャリストとして厳しい訓練を受け、その中から特に選び抜かれた精鋭として、世儀家の主要人物の警護にあたっている。 蓮様ご誕生時に結成された第五警護隊は、男性のみで構成されている。皆かなりの蓮様フリークを自認しているが、我々の行動は常に秘密裏に行われていた。 なぜなら蓮様は、己の素性をお知りにならないからである。 1410。 蓮様は学校帰りのスーパーでお買い得商品を吟味中。 蓮様がお通い中の公立中学は本日昼過ぎまでの授業で、部活に所属されていない蓮様は制服姿のまま買い物に来られていた。 "WからRへ。蓮様がお買い物メモを落とされた。至急見やすい位置に配置せよ" "了解" 陳列棚の物陰に落ち込んだ紙切れを素早く確保し、蓮様が気づいて戻ってこられる瞬間、的確な位置に置く。 これは要人警護の仕事ではない? いやいや。 第五警備隊にとっては重要かつ重大な任務。これないがしろにするべからず。 やむにやまれない場合は、変装済みの隊員が蓮様にお声をかけることがゆるされる。我々にとっては緊張する瞬間だった。 もし今回がそうなら、「これ、落とされませんでしたか?」になるだろう。 この上ない至福の瞬間である。 我々は日陰の集団であり、表だって動けないだけではなく、その存在を知られるわけにはいかない。 そのことに不満はないが、小憎たらしい相手はいた。 「あら、第五の皆さん。ご精が出ますこと」 「…どうも」 男ばかりのこちらに対し、向こうは女性のみ。 すらりとしたパンツスーツ姿の女性たちは、白いボックスカーに乗り込んだ我々を見て、艶然とした微笑みをうかべた。 入ったばかりの若い隊員などはぽおっと彼女らを眺めて、誰ですか、なんて聞いてくる。 「三ツ原家警護隊の皆さんだ…」 選考基準は顔と言われるぐらいの美女揃いだが、油断してはならない。うっかり隙など見せたら、頭からばりばり喰われかねないからである。蓮様護衛の座を死守すべし。 「あら、怯えた仔羊ちゃんがいるわ。かわいいわね」 「…………」 こっちを見て言うな。誰が仔羊だ、誰が。 というか口に出していないのに。…そんなに分かりやすい顔をしていただろうか。気をつけねば。 彼女たちのつよみは、何と言っても蓮様に面識があること。 女系優先の三ツ原家ではとにもかくにも女がつよく、彼女たちもまた同様である。 色々あって女の園である桜朱恩に通うことになった蓮様は、三ツ原家のご息女と行動を共にされることが多くなった。 当時の蓮様はちょっとひと言では言い現せないぐらいのお可愛らしさだった。 こぼれ落ちそうなほど大きな瞳いっぱいに涙をうかべて、従姉である三ツ原家のご息女の後について歩く様や、にこっと笑って、ちょこまか跳ね回る様など、永久保存版、癒しの図。 ひとりでおつかい、蓮様編。 など、ちょっとひと言では言えないぐらいの感動巨編である。 今でも充分愛らしくお綺麗な蓮様は、かつてはよりいっそう純粋かつ無垢でいらっしゃって、従姉を守る彼女たちに対しても、尊敬と憧憬がこもった瞳を向けていた。 しかしこればかりは、出来ることなら声を大にして言いたい。 違うんですっ、危険なんです!と。 「あ、護衛のお姉さんたちだっ。こんにちは。ナギ姉待ち?」 「あら、お早いお戻りでしたわね」 蓮様! 我々は三ツ原家警護隊を壁にしながら速やかに移動を開始。 意識は常に蓮様の周囲に張り巡らせているから、多少離れても会話ははっきり聞こえた。音声良好、改良に改良を重ねた集音マイク異常なし。 「ナギ姉ね、白か朱色かで迷っているの。どっちも似合うと思うんだけど」 「それは重大な問題ですわね。蓮様、今日は陽射しがきついですし、外ではお帽子をかぶりませんと」 少々難しいお年頃になってきた蓮様のお気持ちを損ねず、さっと帽子をかぶせてくれたことにほっとしながら、日陰に連れて行く手際の良さに、さすがだとも思う。 我々もあちらも子守りに関しては一家言あるが、直接的に関わり合うことが多い彼女たちの方が、言葉巧みに蓮様を誘導できる。 今日は三ツ原家のご息女に付き添い、三ツ原家の車で買い物に出かけられたので、正直我々の出番はないのだが、それならお任せします、などど言っては第五の名が廃るというものだ。 我々は蓮様がお休みになれるまで、いや、寝ても覚めても、つねにお守り続けます。 あれから数年。 今、蓮様は世儀家に入られ、我々とも直接言葉を交わされるようになった。 世儀家に入られても隠密行動を続けるつもりであったのだが、蓮様は屋敷中を駆け回って我々をお捜しになったため、恥ずかしながら自己紹介をさせていただいた。 「レッドです」 「ホワイトです」 「ブルーです」 我々のコードネームは色である。 本名をお伝えするわけにはいかない、と言ったところ、蓮様は可愛らしく小首を傾げて、 「じゃあ、赤井さんと白川さんと青野さんね」 と、その他全員の名も決めてくださった。 全員の胸が感動に打ち震えたのは言うまでもない。 だが、蓮様は我々が蓮様が世儀家に入られた時から結成されたと思われているようだった。それも無理はない。我々はずっとそっとお守りさせていただいてきたのだ。 上手にハイハイされるところ、はじめてお立ちになったところも、我々は影ながら見守らせていただいている。 蓮様の存在に我々がどれほど癒され、力づけられてきたのか。 それは1度語り出したら止まらなくなるぐらいだ。 第五警護隊。 我々は数々の困難に立ち向かい、打ち勝って、これからも蓮様を守り続けることを誓おう。 どうか本日もお健やかに。 我々は常に蓮様のお側に付いています。 陰に日向に。 いついつまでも、お守りさせて下さい。 |