「まほう使い」




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 たくちゃんは、とてもかわいい。
 たくちゃんは、とても頭がいい。
 たくちゃんは、ぼくの自まんの弟です。

 きのう、たくちゃんが大事にしている、動く車がこわれてしまいました。リモコンを押すと、動く車です。きのうたくちゃんがリモコンを押したら、少し動いただけで止まってしまいました。
「たくちゃん。明日いっしょにおもちゃ屋さんに行こうね」
「……いいよ兄ちゃん。でんちが切れただけなんだよ、」
「…?でち…??…うんんと、がまんしなくてもいいんだよ、たくちゃん、だいじょうぶ。兄ちゃんが連れていってやるからね」
 いじましい弟です。きっとめいわくがかかると思って、遠りょしているのです。たくちゃんはがまんする子なのです。ぼくが先にないちゃうから。…でも、でんちってなんだろう。どこかで聞いたことはある気がするんだけどなあ……。わすれちゃったや。たくちゃんはやっぱり頭がいいんだな。



 兄ちゃんは、お人形さんのようです。
 兄ちゃんは、みんなにとても好かれます。
 兄ちゃんは、それに、ぼくをすごくだいじにしてくれてます。

 ぼくはこまっていました。
 兄ちゃんがおもちゃやに行くというんです。
 おもちゃやにはバスにのって、3つさきのとこでおりないといけません。でんちならすぐそこのコンビニでもかえるのに、ずいぶんとおくなります。
「兄ちゃん…あぶないからやめよう」
「危なくないよ!兄ちゃんがついてるんだからねっ。兄ちゃんもう5年生なんだよ」
 お母さんとスーパーに行くときよくとおる道を、兄ちゃんはうれしそうにあるいていきます。ぼくのやくに立つのが、兄ちゃんはとてもうれしいのです。だからぼくはそれいじょうは言えませんでした。


 たくちゃんは、不安そうな顔でぼくの手をにぎっています。たくちゃんはぼくよりも7つも小さいから、きっとこわいのです。
 もう1度、だいじょうぶだよと言おうと思ったら、知らないおじさんが話しかけて来ました。
「迷子かなあ、ぼうやたち」
「まいごじゃないよ。おもちゃ屋さんに行くんだ」
「…………」
 きゅっとたくちゃんがぼくの手をにぎります。おじさんがこわいのかな。おじさんわらってるから、こわくないよ、たくちゃん。
 ぼくはこういうふうに話しかけられることになれているので、少し自しんを持ってたくちゃんの手をにぎり返してやりました。
「そうかあ、オモチャ屋さんかあ。じゃあ、おじさんが連れていってあげようか。車でびゅんと着いちゃうよ。好きなものも何でも買ってあげようね」
「……なんでも?」
 ぼくはたくちゃんがこの前、新しく出た動く車がほしいことを知ってました。でもお母さんと買うのは一個だけと約束したので、言えないのです。
「動く車買ってくれる?」
「ああ、買ってあげるよ。何個だって買ってあげようね」
 何個も!たくちゃんがよろこびます。
 そういえばこういうふうなおじさんは、いつも色んなものをくれるのです。
 でもたくちゃんを見たら、ぜんぜんうれしそうな顔じゃありません。どうしたんだろう。お腹が空いたのかなあ。



 兄ちゃんはよの中にはヘンな人とかこわい人とかいることをしらないみたいです。
 しらない人にこえをかけられたらにげなさいっていつも言われてるのに…。そういえば、兄ちゃんはしらない人からいっぱいなにかをもらって、お母さんたちをしんぱいさせてました。あれって、こういうおじさんにもらったのかもしれない…。
 おじさんが兄ちゃんの手をにぎろうとしました。なんだかぶよぶよの手です。兄ちゃんの手はぼくの手をにぎってくれる、ぼくだけの手なのに、とおもったら、ぼくはいやだとおもいました。
「兄ちゃん、ぼく、いやだ!」
「た、たくちゃん、どうしたの。買ってくれるんだよ。たくちゃんがほしいって思ってるの、買ってくれるって」
「そうだよ、たくちゃん。ほら、おいで」
 ぼくはおじさんをにらみました。
 おじさんはお父さんみたいにかっこよくないし、兄ちゃんみたいにきれいでもないです。きらいです。
「ヘンタイ!たすけて!こわいおじさんにさらわれるっっっ」
 おじさんはけいさつかんの人に連れていかれました。
 ああ、ひとあんしん。



 なんだかよく分からないけれど、おじさんは悪い人だったそうです。知らない人からものをもらっちゃいけないんだって言われました。ふうん。
 ほしいものをくれたり、楽しいことをしてくれるから、ああいうおじさん嫌いじゃないけどなあ…。でも、たくちゃんがこわいめにあわなくて良かった。
 危ないから、けいさつ官のおじいさんが家に送ってくれるといいました。おもちゃ屋さんに行かないといけないのに…。
 ぼくはまたたくちゃんの役に立てないみたいです。そう思うと、なみだがたくさん出ました。
「……ぼく、ぼく、たくちゃんの…ひっく、おもちゃ屋さん…」
「ぼうず。何がそんなに悲しいんだ、ン?おもちゃ屋にそんなに行きたかったのか?ほら、そんなに泣くと、大好きなたくちゃんが心配するぞ」
 にこにこした顔でおじいさんがいいます。ぼくはかなしくってかなしくって、うまく言葉が出なかったので、たくちゃんからあずかっていた、大切な動く車をおじいさんに見せました。
 おじいさんは家の近くに住んでいる優しいおじいさんなので、たくちゃんの大切な車でも、安心してわたせます。
「こ、こわれ、ちゃった、から、ぼく、たくたんの、くるま…っひっく」
「壊れちゃったのかあ、そうかあ、うーん。どれ」
 おじいさんはたくちゃんの車をじいっと見て、何かかたまりを入れ替えました。たくちゃんがリモコンをおすと、車が動きました。
 ぼくはびっくりしました。
「おじいさん魔法使い!?」



 兄ちゃんはこのごろ、まほう使いになるときめたそうです。
 まいにち、はしゅつじょにかよってます。
 おじいさんは、兄ちゃんがけいさつかんになりたいからだとおもっているみたいだけど、けいさつかんには、なれないだろうなあ。なったら、ぼくは夜もねむれないとおもうし。
 でも、けいさつかんにはなれなくても、まほう使いにはなれる気がします。兄ちゃんはふしぎで、きれいで、いつもぼくをしあわせにしてくれるし。
 きっとすてきなまほう使いになれるとおもいます。
 兄ちゃん。でも、でもね…。
 ……でんちで、うごくんだよ、このおもちゃ。兄ちゃんのご本に、でんちってかいてあるんだよ。ぼくそれみて、おぼえたんだ。それに兄ちゃん。けいさつかんの人にでんちこうかんしてもらっちゃ、だめだと、ぼくはおもう……。もしかして、ひまなのかなあ、けいさつかんって…。
 でも、うん。兄ちゃんがまんぞくなら、いいか…。



終わり


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