雨はキライ。
 だって、寒いし、冷たいし。
 濡れると、髪とか服とかくっつくの、ウザいし。
 ベタベタまとわりつく感じが、あいつそっくり。
 うっとうしい、あいつ。
 水を司り、水と共に生きる者。
 いつもしかめっ面で、バカみたいに頑固で、口うるさい。
 側でごちゃごちゃ言われるの、すっごくムカつく。すっごくウザい。
 何も知らない顔して、自分の勝手な価値観押し付けてくる奴。
 何も知らない顔して、勝手に人の上に振ってくる雨粒。
 ――――――ぜんぶ、大っっっキライ。



 氷雨



「螢惑」
 しどしどと降る雨の中、銀灰色の髪を無造作に頭の後ろで束ねた青年が、だらしなく手足を投 げ出して草むらに寝転んでいたほたるを呼んだ。
 無数の水滴が落ちてくる世界。
 そのただ中で寝そべっているというのに、ほたるの身体には水玉ひとつ付いていない。雨 粒はすべて、彼の身体に届く数センチ上で跡形もなく消え失せてしまっている。
 それは、彼の周囲に展開された、ごく薄い炎の壁の仕業であった。
 せっかく空から落ちてきた雨粒たちも、この炎に阻まれてしまっては土にも人にも降り立つことはできない。
「五曜星が召集された」
 一方、傍らに立つ青年も、ほたると原理は違うようだが、やはりまったく濡れていなかった。
 こちらの場合は雨粒が途中で消えるのではなく、身体に到達する寸前で水滴が勝手に 彼を避けていく。
「すぐに陰陽殿に向かえ。他の者は、すでに皆集まっている」
「…………」
 青年の、この地で同じく五曜星と呼ばれる地位にある辰伶の高圧的な言葉に、ほたるは応えなかった。
 黄金色の瞳を、どんよりと曇った空に投げている。
「螢惑。聞いているのか?」
 ほたるの態度に眉をひそめた辰伶は、わずかに語気を荒げた。
「あー……うん。何?」
 そこでようやくほたるは返事をしたが、まるで動こうとせず、視線を辰伶に向けようとも しない。
「キサマ……っ」
 内心の苛立ちを隠そうともしないで、辰伶はほたるを忌々しげに睨みつけた。
 ほたるは、そんな辰伶の様子など一向に気にした様子もなく、ただ曇天を見上げている。
 業を煮やした辰伶は、彼が得意とする理屈めいた説教をしてやろうと口を開いた。
「何をしている。我らは……」
「寝てる」
 だが、絶妙な間で微妙に論点がズレた答えを返され、呆気にとられて続けるべき言葉を失う。
「いい天気だったから」
「……これのどこがいい天気だ」
「オレが来た時は、いい天気だったんだよ。なのに、後から雨が降ってきたんだ」
 淡々と説明するほたるは、唇を尖らせてフンっと鼻を鳴らした。
「おかげで寒くなっちゃった」
「中に入ればいいだろう」
「……やだ」
 しごく当然の辰伶の意見を、ほたるはにべもなく突っぱねた。
「やだよ。先に来たのはオレなのに、なんでどいてやらなきゃならないんだよ。むこうが勝手に降ってきたんじゃないか。……ムカつくんだよね」
 表情こそ変わらなかったが、ほたるの口調にははっきりとした怒りが含まれていた。
 怒りの矛先は、他でもない。
 重苦しい天と、そこから落ちてくる水滴と。
 傍らで腕組みしてほたるを見下ろしている、その男―――――。
 冷たい水はキライ。
 人の頭を押さえつけてくるものは、もっとキライ。
 そいつが上にいるのは、なんか気にいらない。
「雨、キライ。水、キライ。辰伶もキライ」
「……」
 その台詞に怒ったわけではないだろうが(いや、もしかしたら本当に怒っていたのかもし れないが)、剣呑に目を細めた辰伶は、無言で片腕をひらめかせた。途端、ほたるの頭上に 巨大な水の塊が出現し、そのままほたるの身体に落とされた。
 微量の炎しか出していなかったほたるは、とっさに防御することができずまともに水塊を浴びる。
「……濡れた。辰伶、ムカつく。バカ」
「キサマの戯言に付き合っている暇などない。何度も言わせるな。さっさと陰陽殿に行け」
「…………ムカつく」
 濡れ鼠になり、さすがに起き上がってあぐらを掻いたほたるは、じとっと辰伶の目を見つめ返した。
「ウザいんだよ。濡れると、気持ち悪い」
「知らんな」
 取り合わず、辰伶は身を翻した。
 きびきび歩むその足取りに、迷いはない。
 己の行動に、絶対的な自信を持っている者の動きだ。
 いつもフラフラとしているほたるとは、似ても似つかない。
 それがまた何故か気にいらなくて、水を被せられた腹いせの意味も含めて、 ほたるは軽く5人くらいは呑み込んで消し炭にしてしまえる火の玉を作り出して辰伶の背に投げつけた。
 しかし辰伶を呑み込む前に、火球はそれと同等の大きさの水球と衝突して霧散する。
 もちろん、初めから当たるとは思っていない。だがそれでもやはり面白くなくて、ほたる は不満げに唇を歪めた。
「……つまんない」
 辰伶の姿はもう、遥か先の回廊に小さく見えるだけになってしまっている。
 億劫そうに立ち上がったほたるは、大嫌いな水でぐっしょりと濡れた身体を炎でくるみ、 一瞬で水気を取り払った。
 もうもうと立ち込めた湯気を透かして、今一度空を見上げる。
 濃く、暗い、灰色に塗りつぶされた空を。
 そして。
 降りしきる、冷たい雨を。
 挑むように、らんらんと輝く黄金の瞳で、見つめた。
 ―――――――。




 雨なんか、キライ。
 辰伶なんか、大キライ。




 −EMD−


 執筆日:‘03年12月7日




 どんなもんかな?まだちょっと、手探り状態。
 一応、本編に連中が出てくる直前くらいの時間軸のつもり。
 ほたるが辰伶に言う3大台詞は、「キライ」「ウザい」「バカ」。
 +「ムカつく」
 ほとんどこれしか言わないと思います。
 本当の気持ちはどうあれ、「スキ」だなんて絶対言わないだろう。
 言ったら天変地異が起こるぞよ。
 何があっても、どれだけ互いを理解したとしても、出てくる言葉は「キライ」。
 それがほたる。




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