無言で無音で何もない。
 見えない知らない求めない。
 確かにそこに在りながら。
 その存在は透明で。
 確かにそこに在りながら。
 その存在は空虚で。
 美しい人型の中は、からっぽなのに。
 それでも確かに、そこに居る――――……



 虚無



 出遭った瞬間、斬りかかられた。
 素直に斬られるわけにもいかないので、ひとまず背を反らして避ける。
「……何の用だ」
「死合お?」
 喜びも哀しみもなく、そんなことを言ってきたのは、金色の襲撃者。
 嫌な予感。嫌な気配。
 庵曽新は、慎重に答える。
「お前に付き合ってる暇なんざねぇよ」
「ケチ。いいじゃん、減るもんでもないし。死合ってよ」
 唇を尖らせた金色は、無造作に刀を一閃させた。
 一見、軽く腕を振っただけ。
 だがその太刀筋は速く鋭く、迷うことなく庵曽新の喉元を狙ってきた。
 やはり素直に斬られてやるわけにはいかないので、また避けることになる。
「……おい」
「……」
「ケイコク!」
「……」
 初めから、こちらの意見を聞く気などないらしい。
 呼びかけても返事はなく、次々と繰り出される白刃が容赦なく庵曽新を襲う。
 本当に、問答無用だ。
 どうあっても、庵曽新と一戦交えないことには気が済まないらしい。
 しかし、それにしては奇妙。
 奇妙な行動。奇妙な雰囲気。
 心の臓を激しく叩く、違和感。
 襲い来る白刃をことごとく避けつつ、考える。思い出す。探り出す。
 違和感の正体。
(……ああ)
 やがて気づいた、その事実。
 おかしいはずだ。
 今の彼には。
 ――――覇気が、ない。
 しつこいほどに、闘争を望んでおきながら。
 相対した者に対する憎悪も嫌悪もなく、かといって戦闘に対する悦びや興奮があるわけでもなく。
 振るう剣先からかろうじて感じとれるのは、何の感情も混じらない純粋な殺気。
 淡々と刀を振るその姿は、いっそ幽鬼で。
 目の前の存在が、本当に生身であるのかと疑いたくなるほどの儚さ。
 上段から振り下ろされた一撃を払いのけ、庵曽新は琥珀色の瞳に問いかけた。
「……なんかあったか?」
「別に」
 そんなわけがない。
 即座に否定する。
 平素でも、いきなり突拍子もないことをしでかすのはこいつの得意技だが、これはさすがに異常だ。
 考えあぐねて、ひとつ、カマをかける。
「辰伶か?」
「……」
 変化は、一瞬。
 ほんの少しだけ、頬を引きつらせた。
 だが、それで十分。
 これ以上深く知る必要もなく、また知りたいとも思わないが、奴と何かあったのだ。
 このからっぽの人形が、唯一持つしがらみ。
 同じ血を持つ存在を、憎んで忌んで唾棄して想っている。
 ……結局。
 それがこいつの、『答え』なのだ。
 心にあるのは、ひとつだけ。
 ――――血の繋がりとは。
 それほどまでに、強いものなのか……
「ケイコク」
「…………もういい」
 唐突に、刀が引かれた。
 庵曽新の視線から逃れるように顔を伏せ、背を向ける。
「待てよ」
 そのまま立ち去ろうとする金色を、庵曽新は呼び止めた。
「ケイコク。オレたちは、お前の『家族』じゃないのか?」
「……」
 長い沈黙が、あった。
 夢も希望も儚い期待さえも呑み込み滅してしまうほどの、暗く深い沈黙―――――
「そんなの、知らない」
 やがて、振り返りもせずにそう言い放った彼の背中を、庵曽新はいつまでも見つめていた。



 −END−


 執筆日:’05年10月26日




 ボツ救済キャンペーン実施中(嘘)
 ボツです。いや、ボツでした。
 話の中身を深く難しく考えすぎて混乱したが故のボツだったような気がします(←バカ)
 早い話が、庵曽新の片思いなんですがね。
 それだけです。それだけでした。それに気づくまでだいぶかかりました;




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