苦労人
雨の中、ずぶ濡れになって帰ってきやがったと思ったら、いきなり「こんな所で何してんの?」とぬかしやがった。
「ここはオレの家で、オレに部屋なんだよ」と答えてやったら、「そうだっけ?」と惚けたこと言いやがった。
だいたい帰ってくるなら、窓からじゃなく玄関から入ってきやがれと思っていたら、
濡れた身体のまま部屋に入ってこようとしやがったから、「床が汚れんだよ」と言って、
首根っこひっつかまえて風呂場に連れて行った。
自分で動こうとしねぇもんだから、服のまま風呂桶に放り込んで頭洗ってやっていたら、いつの間にか寝ていやがったから沈めてやった。
…何の因果か知らねぇが、何でこんな七面倒くさいガキのお守りをせにゃならんのかと、つくづく思う。
「あれ?ゆんゆん、何でこんな所にいるの?」
あれから、少しは自分で動く気になったのか、きちんと身体を洗って薄い夜着に着替えてきたほたるの第一声は、これだった。
「……だから、ここはオレの部屋なんだよ!」
アホな子供のことはもう忘れてさっさと寝てしまおうと、今まさに寝床に入ろうとしていた遊庵は、大きくうめいて頭を抱えた。
「おまえの使ってる離れは、あっちだろーが!!」
金の頭を殴りつけてやりたい衝動を必死に堪えながら、離れのある方向を指差す。
「ああ、そっか。忘れてた……どうやってあっちに行くんだっけ?」
「〜〜〜〜〜〜」
だが、あまりにすっ呆けたほたるの台詞に、怒りを通り越して脱力する。
つまり何か?
自室への帰り道すら忘れたというのか、このメガトン級の方向オンチは。
「……ま、いっか」
「よかねぇよ」
力なく切りかえし、深々とため息をつく。
ほたるはそんな遊庵の隣につかつかと歩み寄って無遠慮に腰を下ろすと、
きれいに整えられた遊庵の布団の中に、ごく自然な動作でもぐりこんでしまった。
「……何してやがる」
「ん……向こうに戻るのめんどーだから、ここで寝る」
「……おい」
遊庵は、ひくりと頬を引きつらせた。
「ここはオレの部屋で、これはオレの布団なんだがよ」
「うん、わかった。じゃ、おやすみ……」
「待てコラくそガキ」
遊庵は慌ててほたるを引きずり出そうとした。
だが、次の瞬間その耳に届いたのは、すこやかな寝息……
「……おいおいおい」
半端にまくった布団から覗いたほたるの寝顔を見つめ、遊庵はがくりと肩を落とした。
こうなっては、どうしようもない。
もちろん、本当に引きずり出してその辺に放り投げ、寝床を取り返しても良いのだが、そこまで布団が恋しいとも思わない。
「しょーがねぇな」
遊庵は潔く温かい寝床を諦めると、一度まくった布団を小柄な身体の上に懸け直してやった。
安心しきっているのか、睡眠を何よりの至福と信じているその表情は、とても穏やかだ。
「……甘いな」
愛らしい、とも言えるほたるの顔に、どこか安らぎを覚えてしまった遊庵は、軽く肩をすくめて苦笑した。
たまには、こんな日があってもいいだろう。
−fin−
執筆日:’04年4月20日
激甘(笑)
ほたるはボケだし、このくらいやってくれてもいいのではないかと。
でも、こんなところで寝たら師匠に襲われること確実(黙れ)
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