花冠



 またいるのか、と思わず小言が口をついて出ようとしたが、金の頭の上に見慣れないも のを発見して、庵曽新の思考は一瞬停止した。
「……おい。何だそれ?」
 少し落ち着いて、庵曽新の驚愕をよそにぼんやりと窓の外を眺めていたほたるの頭を指 差し、恐る恐る尋ねる。
「ん?これ?庵奈がくれた」
 振り向いたほたるは、頭に乗せられているそれに手をやり、簡潔に答えた。
「かわいいから、って」
「………」
 庵曽新は、何とも言いがたい表情で視線を宙に泳がせた。
 日の光をはじく、やわらかなほたるの金糸の上に乗せられているもの。
 それは、色とりどりの美しい花々で作られた、冠。
「その髪は?」
「こっちは庵樹里華。ほどいたほうが似合う、って」
「……そうか」
 庵曽新は、ふーっと長いため息をついた。
 いつもは邪魔にならないようゆるい三つ編みで束ねている髪をほどき、花冠を乗せ て小首を傾げているほたるを見やり、また深く息をつく。
「何遊んでんだよ、あいつら……」
 額を押さえてぼやく。
 二人の姉たちの顔を思い浮かべ、男をかわいくして何が楽しいんだ、と非難する。
 女の考えることは、よくわからない。
「ね、ね、かわいい?」
「は?」
 すっと寄ってきたほたるに唐突に問われ、庵曽新は面食らった。
「庵奈も庵樹里華も、すっごくかわいい、って言ってくれたよ。どう?かわいい?」
「ばっ……かやろ!」
 上目遣いに見つめられ、不覚にも心拍数を上昇させてしまった庵曽新は、近づいてくる 金の頭を力任せにぶん殴った。
「野郎にかわいいもクソもあるかっ!!」
「あっ……」
 ばしっ!!
 見事にヒットした庵曽新の拳が、花冠を叩き落す。
 さして丈夫に作られていたわけでもない花冠は、叩き落された衝撃であっさりその形を崩してしまった。
「あーあ、壊れちゃった」
「知るかよ!」
 残念そうに冠の残骸を摘みあげるほたるをもう一度殴りつけ、庵曽新はやけくそ気味に吐き捨てる。
「ったぁ……庵奈と庵樹里華に言ってやろー、っと」
「なっ……ばっ……!」
 だが、しかめっ面で頭をさするほたるの台詞に、身が凍りつくような恐怖を感じた。
 「庵曽新が壊しちゃった、って。言ーってやろー言ってやろー」
 「やめろアホっ!!」
 歌いながらすぐにでも彼女たちの元へ行ってしまいそうな様子のほたるの襟首を、慌てて掴む。
 あの二人を怒らせるのだけは、本当にマズイ。
 命が危ない。冗談ではなく。
「庵奈ー。庵樹里華ー。あのねー……」
「やーめーろーっ!!」


 ……その後しばらくの間、家の中から庵曽新の姿が消えていたと言う。




 −おしまい−


 執筆日:‘04年9月25日




 からかって遊ぶと楽しい庵曽新君です。
 ほたるは何も考えていません。だってほたるですから。
 お人形遊びは女の子の基本♪(笑)




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