top secret



 ほたるは困っていた。
 にこやかに微笑む、女装の美人を前にして。
「あなたの秘密を教えなさいな♪」
 彼女、――――いや、彼女に見える彼は、歌うような口調でお決まりの台詞を言う。
「……」
(うーーーーん……)
 ほたるは悩んだ。無表情のまま、悩んでいた。
 なぜって……
「この前、梵のごはんに……」
「それは前に聞いたわ」
「アキラのみそ汁にワサビ……」
「アキラが大騒ぎしていたわね。あんなことするのはあんたしかいないでしょ」
「んー……」
 言いかけた秘密がことごとく却下され、ほたるは再び考え込む。
 だが、何も思い浮かばない。
 ようするに、灯に話せる秘密が、もうないのだ。
 治療一回につき、秘密一つ。
 それが灯の法力治療の値段であることはわかっているのだが、秘密と言えるようなものはすでに、あらかた話し尽くしてしまっているのだ。
(でも、灯ちゃんに治療してもらわないと、困るし……)
 ボロボロの自分の身体をかえりみて、ほたるは思う。
 ここのところ、結構楽しい戦が続いていて、ちょっと張り切りすぎたようだ。
 自らが傷つくのもかまわず敵に突っ込んでいくほたるの戦い方は、それはそれで恐ろしいまでの強さを発揮するのだが、そんなことを続けていれば、さすがのほたるだって身体がもたなくなる。
 次の戦で思いっきり楽しむためにも、そろそろ灯に回復してもらう必要があった。
(秘密……灯ちゃんに言えるような、秘密…………)
 灯は、ほたるを急かすようなこともせずに、ただ笑って待っていた。
 のんびりとしているほたるのペースに文句ひとつ言わないでいるのだから、割と付き合いがいい。
「……あ」
 長いこと悩んでいたほたるは、やっとひとつの秘密を思い出して、ぽんっと手を叩いた。
「オレ、スパイなんだよね」
「……」
 だが、それを言った瞬間、灯の笑顔が凍りついた。
「…………何の?」
「壬生の」
「……」
 さらに硬く凍りつく、灯の笑顔。
「ここには、狂の監視で来てるんだよね。そういえば」
「ほたる」
「ん?」
 灯は、幼い子供を諭すときのようにゆっくりと、やさしく、尋ねた。
「あんた、壬生の人間なの?」
「うん」
 ほたるはあっさりと頷いた。
「むこうじゃ、螢惑って呼ばれてる」
「……そう」
 灯は、表面的には極めて冷静に相槌をうった。
 しかし、どれだけ外面をとりつくっていても、にじみでる怒気は隠しようがない。
 ひしひしと伝わってくるそれに気づいたほたるは、「あれ?なんで怒ってるんだろう?」と首を傾げた。
 ……ほたるは忘れていた。己がバラした情報の重要性を。彼らが灯と出会ったとき灯が何に追われ、何を恐れていたのかを。
 だから、本当に、何もわかっていなかった。
 彼はただ、治療してもらうために必要な秘密を打ち明けただけなのだ。
 他意など、まっっっったくない。
「ねぇ、ほたる」
 顔だけは笑い、内からどす黒いオーラを発散する灯が、ぐいっとほたるの胸倉をわし掴んだ。
「あんた、それってあたしに教えていいことだったのかしら?」
「よくない」
 「苦しいよ」と、小声で抗議して、ほたるは続ける。
「でも、だって他に秘密ないし。治療してもらわないと、困るし」
「……」
 灯は、いつになく真剣な顔つきでほたるをじっと凝視した。
 ぼけっとしていて、一見、何も考えていないように見える顔を。
 探るように、じっと。
 …………
「ほほほほほほ!」
 すると突然、ほたるの着物から手を離した灯が笑い出した。
「やぁね、あたしったら。ほたるみたいな何も考えてないボケの言うことなんて、まともに聞くほうがどうかしてるわ」
「え?」
 解放してもらった喉を押さえて軽く咳き込み、ほたるは目を白黒させた。
「オレ、ウソ言ってないけど」
「そうでしょうね。わかっているわ。でも、そんなこと、どうでもいいのよ」
 灯の言葉に、ほたるはますます首を傾げる。
 が、灯が「どうでもいい」と言っていることをわざわざ考えるのも面倒な気がして、「ま、いっか」と結論付けた。
 灯は、ほんの少しだけ真面目な空気を漂わせて、ほたるに問う。
「ねぇほたる。もうひとつだけ聞かせて。……狂のこと、好き?」
「うん、スキ」
 ほたるは迷わず答えた。
 それこそ、ウソをつく理由もない。
 狂は好きだ。あの絶対的な強さに、一種の信仰のような、深い憧憬を感じている。
「……そう」
 灯は、晴れやかに笑った。
 女神のように美しい、笑顔だった。
 もっとも、ほたるは、
(…………漢だけど)
 と、心の中で付け足すのは忘れなかったけれど。
「さあ、いらっしゃい。
治療してあげるわ」
「あ、うん」  手招きされ、どうやら『代金』に満足してくれたらしいと悟って安心したほたるは、高下駄をカラカラと鳴らして灯を追った。




 −END−


 執筆日:‘03年12月15日




 ほたるならありえるかもしれない、こんなボケ話。
 うっかり大切なことを話しちゃって、しかもそれに気づいていない。
 灯は、ほたるのことをかなり可愛がっていると思います。…アキラもだけど。
 ボケヴァージョンのほたるって、女の保護欲かきたてられるタイプですからね。
 灯ちゃんは、心が女の子ですから(笑)
 「かわいいかわいいv」と撫で撫でしてますよ(マテ)
 短時間で書いたから、あちこちゴチャゴチャしちゃって、まとまりきっていないんですけど、 これはこれで勢いがあるから良いことにします。




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