鮮血が舞う。
 一振り、二振り。
 刃が通り過ぎた後に、大輪の牡丹が咲き乱れる。
 死を誘う舞を舞うのは、整った目鼻立ちを銀糸で縁取った一人の佳人。
 動作に合わせて流れるその銀糸が、月下の舞台で金属的な輝きを放つ。
 柔らかに、鋭く。
 たどる舞の所作。
 優美に腕を動かせば血煙が散り、軽やかな足運びで見る者を幻惑する。
 地獄への賛歌。
 散った血は、舞師の身を真紅に装飾し、無味乾燥な舞台を華麗に彩る。
「はっ!」
 ためらいも、慈悲もなく、彼は最後の一人を斬り殺した。
 重力に引かれて堕ちていく肉塊を確認し、糖蜜をごく薄く伸ばした色の瞳を繁る木々の上方に向ける。
 血刀を提げ、おびただしく血を浴び緋く汚れた頭でひたと見据える。
 息一つ乱していない口から、淡々とした声を紡ぎだす。
「……何をしている?」
「見てただけだよ」
 応えがあった。枝の隙間から。
 続いて葉を掻き分ける音が響き、暖色系の色彩を纏った男が危なげない足取りで辰伶の眼 前に着地した。
「螢惑か。何の用だ」
「別に。ただの伝令」
 太陽の光を集めたかのような長い金糸をゆるく編んで後ろへ垂らし、朱塗りの胴を付け、 同じく朱塗りの高い一本歯の下駄をかつりと鳴らして立ち上がったほたるは、感情のない顔 と声で彼らの上司の言葉を伝えた。
「『引き続き裏切り者の始末を。下界に潜んでいる者たちを一掃すること』」
「……」
「面倒だけど、オレも行くことになった。村ごと燃やしちゃったほうが、後が楽だから」
「承知した」
 辰伶は軽く頷き、ほたるに背を向けた。
 伝令の内容に異など唱えない。
 逆らう権利を、辰伶は持たない。
 辰伶は、機械的な動作で両刃の曲刀にべっとりと付着した血糊を拭い取った。だが、付着 していた血糊の量は思ったより多く、一度拭った程度では全くきれいにならない。
 結果、何度も拭き取る動作を繰り返すことになった。
「……めずらし。お前のこんな殺し方」
 何をするでもなく、辰伶が黙々と惨劇の後始末をする様を眺めていたほたるは、 地に転がった、かつて生物であったものの塊を足先でつついた。
 肉体を千々に切断され、体中の体液と臓物を撒き散らしたその死体からは、およそ命への 敬意というものが感じられない。
 まるで、子供が遊び飽きた人形を戯れに壊したかのような。
 頭から血を被った辰伶の姿を見ても、どのような殺し方をしたのか想像がつく。
 元々青かったはずの装束は、原色が分からなくなってしまうほど血色に染まり、輝く銀の 髪にも赤黒い血液が付着して斑になっていた。
 すでに乾いてこびりついてしまった頭部の血は、洗い流しても容易に落ちないに違いない。
 ほたるも経験があるから、よく分かる。
 これを始末するのは、結構な手間だ。
 風が吹き、死臭が香ってくる。
 強い死の香りが、辺りに充満している。
 悲惨で、凄惨で、けれども優艶な死の舞台。
 刀の血糊を始末し終えた辰伶は、目だけをほたるに向けると、軽く口の端を持ち上げた。
 優しさや憐れみなど、欠片もない様子で。
 まさしく、『水のように』冷たい笑顔。
「壬生に逆らいし者どもに、ふさわしい死に様だろう」
「……」
 ほたるは、黙ってそれを聞いていた。
 この男は、苦労知らずの、純正潔白な甘ちゃんに見えて、殊任務となると残酷なことでも 案外平気でやる。そこに、「壬生のため」という大義名分が付くことが絶対必要条件である が、大儀さえあれば、どこまでも冷酷になれる。
 敵に情けをかけない。倒すべきものは徹底的に潰す。課せられた任務を達成するためなら ば、何でも利用し、何でも犠牲にする。
 ある意味、便利な精神構造だ。
「ん……ま、どうでもいいや」
 ほたるは辰伶から目を離す。
「それより、いつまでこんなところにいるつもり?さっさと終わらせて帰りたいんだけど」
「そうだな……」
「お前といつまでもいっしょにいたくないし」
「……」
 今度は辰伶が黙りこくった。
 不気味なほど静かな空気が流れる。
 だが、何もない。
 不穏な気配も、不快な気配も何もない。
 ただの静寂。ただの沈黙。
 互いに無表情。互いに無関心。
 感情はある。想いはある。しかしそれ故、何もない……
「では、さっさと案内してもらおうか。次の任務地に」
「ああ、下総だって」
「ずいぶんと辺鄙なところに隠れたものだな」
「ちょっとかかるね。…めんど」
 事務的な言葉だけを交わし、少し距離をおいて歩き始める。
 温かみのない月の光が、血海の中に立つ彼らの姿を照らし出していた。




 −END−


 執筆日:‘04年7月1日




 あまりの短さに眩暈がします。
 どうしようもない;
 オチがつかないから諦めてブチ切ったというのは内緒の話(バラすなよ)

 多少グロめですが、辰伶美化に努めたので「残滓」ほどではないと思います。
 辰伶は、最近おバカな部分が強調されていますけど、本来はこういう残酷さも持ち合わせ ているキャラのはずです。……はずだよね?(^^;
 敵キャラだったからだよという苦情は受け付けません(マテ)




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