WHO ARE YOU?



「だってお前キライだもん」
 いつもいつも、結局最後はこの言葉で決着がついてしまう。
 語彙が不足しているというより、他の台詞を考えるのが面倒なのだろう。
 己が無関心なものに対して、己が忌避するものに対して、余計なエネルギーを使うことを、この男は死ぬほど厭う。
 無駄だから、意味などないからと。
 拒絶する言葉。ことば。コトバ。
 理解(わ)かるはずもない。
 そんな、未知の感情なんて―――――――。



 諍いの原因は、そもそも何であったか。
 これがほたるであれば、「忘れた」の一言で終わってしまうのだが、あいにく辰伶の記憶力は、そう都合よく物事を忘却できるようには出来ていない。
 それは、五曜の印を持つ者たちが、一同に会していた時のことだった。
 それぞれの任務の報告や、今後の予定などを話し合う、何の変哲もない集まり。
 いずれはこの変化の乏しい日常の中に埋没していく、何気ない出来事。
 そこに、吹雪が現れた。
 珍しく気まぐれでも起こしたのであろう。
 特に誰に用があったというわけでもなく、ふらりと様子見に訪れたという感じだった。
 しかしそれでも彼らは皆、恐縮した。
 五曜に名を連ねる彼らにとってすら、雲の上の存在に等しい至高の人物に対する態度としては、それが自然な行動というものだった。
 だがその時。
 彼だけは。
 火を司る彼だけは、こともあろうか太四老の長に、礼をとらなかったのだ。
 彼の無礼に、吹雪が気を悪くすることはなかった。
 無作法な男であることは重々承知しているのだろうし、何より彼に特別関心を持っていないようだった。が、吹雪が許しても、辰伶がこれを咎めぬはずがない。
 吹雪が去った後、すぐに諍いが起きた。
 辰伶は彼の先刻の態度を責め、非礼の罪深さを説いた。
 ほたるは、うるさそうに顔をしかめてそこから出て行った。
 それを追いかけて、今に到る。
 長い長い回廊を駆け、辰伶はどこまでも追いすがった。
 反省の言葉を吐かせるまで、逃しはしない心づもりで。
 しかし何にしても。
 つまらないことだった。
 小さなことだった。
 下らないことだった。
 一度冷静になってみれば分かる。
 いつもいつも、このような些細なことで彼とは衝突している。
 どうしてこうなってしまうのかと、後で後悔するのは自分なのに。
「螢惑!待たんか!!」
「ヤダって」
 幾度目かの呼びかけもすげなく聞き流され、辰伶は激昂した。
「キサマは!いつもいつも!!」
「いつもいつも、何でお前はそううるさいの?」
「キサマがバカなことばかりするからだろう!!」
「バカはお前でしょ。いっしょにしないで」
「そういう話ではない!!」
 話ではないないないないない……
 先が見えぬほど広く長い回廊に、辰伶の怒声が木霊した。
「じゃあどういう話?」
「どうもこうもない!!」
「何それ?わけわかんない」
 ほたるが眉間に皺を寄せる。
 会話が、噛み合っていない。
 想いが通じていない。
 同じ言語を話す者同士なのに、どうしてこうも意思の疎通が困難なのか。
 もどかしさばかりが募る。
 辰伶は、苛立ちを発散するかのように叫んだ。
「ええい!とにかく、少しはこちらの言うことを聞け!!」
「それが嫌だって言ってるでしょ」
「何故だ!?」
「なんで?」
 売り言葉に買い言葉。反射的に言い返すと、疑問に疑問で返された。
「なんでって?お前の言うこと聞きたくない理由?」
 ほたるは、「そんな簡単なこともわからないのか」とでも言いたげな冷めた目で辰伶をねめつけ、だるそうに吐き捨てた。




「だってお前キライだもん」




「っ!キサマはっ!」
 思わず、辰伶はほたるの胸倉を掴んだ。
 結局最後にたどり着くのは、その答え。
 変わらない。いつも。
 好きか嫌いか。正か負か。プラスかマイナスか。
 その単純な二択でしか、物事を判断しない。
 どうしてどうしてどうしてこうなる。
 何をしても。何を話しても。
 答えはいつも、ただひとつ。
 むなしくなるほど、泣きたくなるほど、変わらない。
 憤る辰伶に、ほたるは抑揚のない口調で問いを重ねた。
「ねぇ辰伶。お前はオレの何?」
「なっ……」
 だが予想外のその問いに、辰伶は息を呑んだ。
 何の感情も映さない、琥珀の瞳が辰伶の身を絡めとる。
「お前は何の権利があってオレにうるさく言うの?お前はオレの何だっていうの?」
「……」
 言葉が、出てこなかった。
 何も。
 ほたるの台詞は、辰伶の胸に残酷に響いた。
 そんな、知らない大人を見上げる、小さな子供のような目で。
 ――――アナタハダレデスカ?
 そう、無邪気に尋ねられた孤独感。
 強く深い絶望。
 辰伶は唇を噛み締める。
 己はお前の何か。……だと?
 ……兄だとも。兄弟だとも。同じ血を分けた家族だとも。
 だが、例えそれが事実だとしても。
 何が、言える……?
 何を伝えられるというのだ?この捨てられた魂に。
 兄だと、言って?
 それで?
 何も知らない彼を、混乱させるのか?
(……オレは)
(何を)
(期待したいのだ……?)
 辰伶は自嘲気味に笑った。
 ほたるの胸倉を掴んだ手が、緩んで落ちる。
 それは希望であり。
 それは夢であり。
 それは幻であり。
 こんなにもお前を見ているというのに、お前はその視線にすら気づかず。
 しかしそれでも構わぬと、自ら選んで誓ったのに。
 報われなくとも。
 認められなくとも。
 罪滅ぼしを。
 したいのだと。
 願って…………
 ……嗚呼、そう。
 ならば、何者でもない。
 誰でもない。
 ここに、彼の肉親など。
 ドコニモイナイ。
「……オレは、ただ、五曜の名を汚されたくないだけだ。貴様の振る舞いは目に余る」
 辰伶は、かすれた声を喉の奥から絞り出した。
 それが精一杯。
 それ以上は、何も……
「だから、そういうのがウザイんだよ」
 ほたるは「ムカツク」と呟き、踵を返した。
 高下駄を鳴らし、遠ざかっていく背中を、辰伶はもう追いかけない。
 言うべきことは、もう。
 ただの、知らない、『他人』では。
 ――――アナタハダレ?
 問いかけてきた、金の瞳。
 時たま炎のように赤く燃える、黄金色の瞳。
(………………知るか!)
 ついさっきまで彼を捉えていた手を握り締め、辰伶は彼に背を向けた。





 −END−


 執筆日:‘04年8月1日




 元々は、某同盟方面に投稿するつもりでつくったものなんですが、どう見てもほた受けには見えねぇと思い、 ここにUPすることにしました。
 むしろ兄貴が女々しい。
 や、私は、常に力一杯ほた受けで兄弟仲良しですよ?
 仲良しだよね?恥ずかしいほど仲良しじゃん。うん(えっ!?)
 しかし、世界観のせいか、英文タイトルがこれほど似合わないとは…;




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